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  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

49 拍手

「ありがとうございました。
 〈ミニム〉は、イギリス英語で〈ちっちゃいもの〉という意味ですが、音楽用語では二分音符のことです。
 あの、中抜きの白い音符です。
 あたしたち〈ミニム〉は、まだちっちゃい未熟なユニットですけど、まだ何にも染まっていない〈白音符〉です。

 これから大きくなって、いろんな色に育って行きます。
 どうか、見守ってください」
再び礼をすると、拍手が起こった。
暖かく聞こえて、安心する。

「メンバーを紹介します。
 向かって左端、ピアノとビブラフォンを自在に操るは、一年茜組、鳩居仁保子」
ビブラフォンを乱打する仁保子に、拍手が来る。
「ピアノの前で優雅にバイオリンを奏でる一年藤組、八重樫柚姫。次の曲ではサイドボーカルも担当します」
柚姫は、超絶な速さで上昇音階をかき鳴らす。

「上手にてベースで演奏を支える一年菫組、小山石文乃」
ミミミーーっとベースの最低音を響かせる。
「リードギターとサイドボーカル、一年葵組、苫米地季依。次の曲で、オカリナの腕も披露します」
季依は、エレキギターで終礼の和音を鳴らした。

「そしてあたし、リードボーカルとサイドギターの一年菫組、吉田多佳子です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
拍手が収まるのを待って、最初の曲も続いての曲も、同じ漫画家の古い作品に登場する歌で、自分が詞を補作し、季依が作曲、仁保子が大方をアレンジしたことを紹介した。
「では、聴いてください。〈雨の降る日はそばにいて〉」

仁保子がピアノの前に座って、準備オーケーの合図をよこす。
振り向いてそれを確かめた多佳子は、指でギターの胴を叩いて出だしのリズムを取った。
跳ねるようなピアノ、そのリズムを補うようなベース。
背景を定型パターンで縁取る、バイオリンとギターのスリーフィンガー。
イントロはばっちり決まった。

ワンコーラスめ、多佳子のリードボーカルに季依がハモる。
間奏はイントロと同じフレーズに、新たに季依のオカリナがかぶさる。
ツーコーラスめ、オカリナがそのままオブリガートを奏で、柚姫がハモりを交替する。
リフに入る直前、柚姫は声を伸ばしながら、器用にバイオリンを弾き始めた。

最後の音の余韻が消える前に、拍手が来た。
「ありがとうございましたー」
深々と礼をする間に、暗転する。
終わったー。

多佳子は大きなため息をついた。
「さあ、呆けてないで、転換!」
小声でフロアディレクターに叱咤されて、我に返る。
余韻に浸ってる暇もない。

幕を開けたままの薄暗い舞台の上で、多佳子は、ギターのピックアップから延びたケーブルを、アンプから引っこ抜いて腕に巻きつけ、楽譜を譜面台ごと持って上手へ引き上げた。
ボーカルマイクも、季依のギターや文乃のベースなども、みんなワイヤレスだけど、多佳子のアコースティックギターだけがピックアップの機種の関係で有線だ。
何かに引っ掛けないように、気をつけて進む。


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