≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

50 舞台転換

舞台袖の端に寄せておいたケースに楽器を寝かせ、ケーブルや譜面台を近くに置くと、ステージにとって返す。
仁保子はキイボードを片付けているので、多佳子はビブラフォンの脚のストッパーを外し、上手へ転がす。
同じように手伝いに戻って来た柚姫が、ビブラフォン用のスタンドマイクを持ってついて来た。
下手から、もう二年生の〈魔神天使〉のメンバーが入って来ている。
放送部のスタッフが、ボーカルマイクの調整をする。
五分とかからずに、舞台の交替ができた。

舞台の主照明が点く。
「続きまして、器楽部第二班二年生ユニット〈魔神天使〉です」
アナウンスを聞きながら、多佳子は改めてため息をはいた。
手も足も重いけど、頭の芯の方がまだ興奮状態だ。
音を立てないように、楽器ケースの蓋を閉じていると、後ろから誰か抱きついてきた。

また柚姫かと思ったら、文乃だ。
びっくりした。
「多佳子、素敵だった」
耳元にささやく。
まるで柚姫みたいなセリフじゃないの。

「あ、ありがとう。〈ほろほろ…〉の出だし、ちょっとシクった。ごめん。文乃は完璧だったね」
小声で応え、巻きつけられた腕をぽんぽんと叩くと、文乃は泣き笑いのような顔でこくりとうなずき、多佳子から離れて自分の楽器をしまい始めた。
多佳子はぼうっとしていて気づかなかったけど、どうやら他のメンバーにもハグして回った後らしい。
いつも冷静に見える文乃が、あんなに感激してるなんて。
何だか多佳子も鼻の奥がつんとしてきた。

もっと盛大に、一区切りを分かち合いたいところだけど、まだ先輩たちの演奏も、本隊の演奏も残っている。
出番が終わった多佳子たちは、一年生ということで、舞台設営のスタッフに早変わり。
自分の楽器を片づけると、放送部のフロアディレクターの指揮下に入る。
ユニットごとの配置図が作ってあって、それに従って機材をレイアウトする。
譜面台を準備し、アンプの位置を移し、マイクスタンドを据え直し、椅子を並べ替え、と、幕間は大忙しだ。
演奏は〈魔神天使〉〈クレマチス〉〈琅かん堂〉と進んでいく。

そういえば、三年生の〈琅かん堂〉の演奏は、ほとんど聴いたことがなかった。
教室を使った毎日の練習を、しているところを見たことがないし、メンバーにも数回しか会っていない。
いったい、いつ、どこで練習しているのだろう。
同じ三年生の〈クレマチス〉も、不思議なサウンドを醸したけど、〈琅かん堂〉を聴いて、多佳子は目をみはった。
ギター、ベース、キイボード、ドラムというありふれた編成なのに、アジア的というのか、いっそう神秘的な響き。

静かな旋律とは裏腹に、きらびやかで色彩にあふれている。
呆然と聞きほれているうちに、〈琅かん堂〉の出番は終わってしまった。
感慨にふける間もなく、続く器楽部本隊、マンドリン演奏の準備は、人数分の椅子と二人にひとつ見当の譜面台設置に大わらわだ。
音楽部の合唱は、今度は椅子も譜面台も使わないので、全部撤去。
意味不明のラテン語だけれど美しい、最後の曲を聞くころには、すっかりくたくただった。

音楽部の演奏が終わると、聴衆からアンコールの声がかかった。
指揮の三年生が客席を向き、「校歌!」と声を上げ、ピアノが前奏を弾き始める。
聴衆も一緒に校歌を歌って、幕となった。
アンコールが校歌とは、何だか味気ないけど、それなりにこの場に似合ってる気もする。
放送部のスタッフと〈ミニム〉のメンバーも、舞台の袖で一緒に歌った。


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