≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

51 ライブ終了

楽器や機材を準備室に運び終わって、多佳子は床に座り込んだ。
気力も体力も使い果たした。
「今日はお疲れさまでした。
 前から伝えてあったように、後片付けが済んだら〈リップラップ〉に集合。反省会しまーす」
沼山部長が声を張り上げた。

〈リップラップ〉のいちごショートを思い出したとたん、多佳子に元気が戻った。
我ながら現金、と苦笑する。
教室へ戻り、ショートホームルームを消化すると、解散となった。
昇降口脇で清楚な花をつけている夏椿に見送られ、六人連れ立って、商店街にある〈リップラップ〉へ向かう。
反省会とは名ばかりで、お茶で乾杯したあと、ケーキを食べながらのおしゃべり一辺倒になった。
三年生は欠席ということで、結局〈魔神天使〉と〈ミニム〉が、それぞれテーブルを囲んでいる。

第二器楽班全体の集まりというより、ユニットごとの打ち上げみたいな雰囲気だ。
明日も午前授業で、午後はいよいよ終業式、夏休みが始まる。
授業があるとはいえ、気分は浮き立っている。
実は夏休みといっても、七月いっぱいは、月曜から金曜まで、一年生を含め全生徒対象の補習授業がある。
四月から三ヶ月あまりの復習と演習で、受講自由という建前だけど、毎年、ほぼ全員参加するそうだ。
進学校の面目躍如(ため息)。

本来の授業に比べれば開放感があるとはいいながら、やはりあまり嬉しいものではない。
今日くらい、ケーキで騒いだって良いじゃないの。
反省会のはずなのに、なぜかライブ自体については誰も口にしなかった。
百点満点のできとはいかないけど、この五人で演奏しきった充実感は、そっとしまっておきたい。
今だけでも、あの至福の時間に触らないでおきたい。

何より、みんなが同じように感じているらしいことが、多佳子には、なお嬉しい。
授業中、多佳子が何かというと立たされていることや、季依のクラスに揚羽蝶が迷い込んできて教室中パニックを起こしたこと。
他愛ない話で盛り上がった。
多佳子は、中学校卒業間際の焦燥感を思い出していた。
流されるように吹奏楽に熱中して、終わりが来ることを考えていなかった。

中三の夏を過ぎて初めて、そのメンバーで演奏できるのが、もう何度もないことに気づいた。
毎年、卒業する人、入学する人がいて、入れ替わっていたのに、自分がその楽団から抜ける日のことを想像していなかった。
いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
気づくことを恐れていたのかもしれない。
楽しい豊かな時間が、確実に失われると決まっているもどかしさ。
かけがえのない仲間が離れ離れになってしまうという喪失感。

あの苦しさを、二年後に再び味わうことになるかもしれない。
その想念を、多佳子は両手で頬を叩いて振り捨てた。
だからこそ今、この時間を大切にしよう。
この仲間を大切にしよう。
自分の気持ちを大切にしよう。


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