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  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

52 ミーティング

「夏休みが終われば、すぐ学園祭よ」
夏休み補習が始まったその日の放課後、準備室で沼山部長が次の目標を宣言した。
合同ライブと違って、一年生ユニットにも二十分程度与えられるそうだ。
その時間内なら、曲数は自由。
MCを含めても四、五曲はできそうだ。

そのためには新曲を仕上げなくちゃいけないけど、あと一月半しかない。
間に合うだろうか。
校内はエアコンが効いて涼しいのに、何となく背中に汗を感じる。
窓の外で風に揺れている合歓の花も、多佳子には不安そうな様子に見えた。

そのまた二、三日後のことだった。
「今日から〈琅かん堂〉も練習に来ます。機材の準備、頼むわね」
沼山部長から指示があった。
今まで、練習にまるで現れなかった三年生のユニット。
それなのに、合同ライブで見事な演奏を聴かせてくれた、何だか不思議な先輩たちだ。

多佳子たちは、いつもの先輩ユニットの機材の他、〈琅かん堂〉と書き込まれたテープが貼ってあるアンプやマイクを、一年蘭組に運んだ。
その最中に〈琅かん堂〉のメンバーも教室にやってきた。
リーダーでギターの奥崎さんや、ベースの藤村さんが「準備ありがとね」と礼の言葉をかけてくれた。
奥崎さんは、沼山さんの前の部長だったはず。

「全然練習してるようではなかったのに、なぜあんなすごい演奏ができるんですか?」
なんて、まさかそんなことは訊けずに、「いえ、どういたしまして」とだけ答えて自分たちの練習教室へ向かう。
どこか他の場所で練習してたのかな。
でもユニット名を書いたアンプなどは、学校にある。
もっとも、貸しスタジオではアンプやドラムセットも貸してくれるそうだ。
やっぱり学外のスタジオなのかな。

つい不要なことを考えたようで、多佳子は首をすくめた。
そんなことより自分たちの新曲だ。
多佳子は、一年生ユニットのリーダーだから、二年生になれば自動的に部長を務めることになる。
沼山部長からは、それまでの間に覚悟を決めなさいと宣告されていた。
しかし、学園祭に向け、参加申請やらパンフレットの記事やら、沼山部長の手伝いに駆り出されている。
急に部長役に就いても困るだろうという配慮らしいのだけど、何かと手間のかかることが多くて、たいへんだ。

自分たちの練習教室に集まり、〈ミニム〉もいよいよ学園祭のステージについてミーティングを始めた。
「〈トランプ占い〉補作した歌詞、持ってきたよ」
「わあ、どれどれ」
多佳子がコピーを配ると、季依が早速読み上げる。
「〈いつも朝のバスに…〉」

「声に出すの、やめてよ。恥ずかしいじゃない」
「なーに言ってんのよ。歌なんだから、声に出さなくてどうすんのよ」
「いや、季依。ボクも恥ずかしいから、止めてくれないか」
文乃が季依の両肩に手を置いて頼むものだから、季依も渋々口を閉じた。

「文乃の詞は、〈昨日〉あなたの隣に座れた、〈今日〉は乗ってなかったって内容だったから、最初に〈いつも〉駅から乗ってくる、後ろに〈明日〉は会えるかしらっていうふうに、ふくらませてみたの。
 あと、字足を揃えるのに、言葉を少し置き換えたけど。文乃、どうかな?」
多佳子の解説に、しばらく歌詞をつぶやいていた文乃は、にっこり笑顔になった。
「さすが多佳子。満足だよ」


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