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  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

53 マリンバ

「〈髪の香りを吸いながら…〉って、〈あなた〉は女の子なのですか?〈ボク〉は文乃さんじゃなくて男の子?」
柚姫はにこにこしながら疑問を口にした。
「男女は特定しないようにしたの。〈髪の香り〉のとこはちょっと苦しいけど、だからって決定的ではないでしょ」
「体験じゃなくて虚構だからな」
「文乃、あんまりこだわると、逆に勘ぐられるよ」
仁保子がくすくす笑う。

「アレンジはある程度考えてるんだけど…」
と続けた仁保子は言いよどんだ。
「けど?」
多佳子が後を促すと、
「ドラムが欲しくなって」
スクールバッグからがさがさとスコアを取り出して、三台寄せた机の上に広げた。

未完成でコピーをとっていないので、みんなで、一組の譜面を覗き込む。
「えーと、マリンバ、って木琴?」
パートの表記を見て、多佳子が聞いた。
「の一種。準備室にあるでっかいヤツ。キイボードとマリンバ、両方使うつもりだけど、ヒメ、どっちかやってくれない?」
「えー。マリンバ弾いてみたいですう。良いですか?」

「アルペジオ風の伴奏に徹してるけど、良い?」
「良いですう」
柚姫は嬉しそうに笑った。
「こんな感じだけど、多佳子の補作詞に合わせて、構成し直すから。二、三日頂戴」
「もう一曲」
仁保子の言葉に続けて、文乃が唐突に別な楽譜を差し出した。

みんなびっくりする。
「〈雨の日曜日〉?」
多佳子が表題を読むと、文乃が説明し始めた。
「本当はこっちの方が古い。去年の夏に書いたんだ。実はアレンジも途中まで考えて、半端になってる」
「へえー。文乃、すごいねー」
譜面を読み進んで、多佳子は感心した。

これを中学生のときに書いたとは。
「何だか、雨にまつわる歌の比率が高くなるよね」
季依が笑うと、仁保子が突っ込んだ。
「ううん、今まで百パーセントだったのが、三分の四に減ったんだよ」
「なるほどー」
文乃はそのやり取りを無視して、
「だけど、やっぱり歌詞が二番までしか書けなくて、いかにも短い。…多佳子」

「え?えええーー?これも補作するの?」
「任せた」
「あやーー」
乗りかかった船、って言い方、当たってるかな?
「もう。わかりましたよ。考えれば良いんでしょ」
あきらめの境地だ。

「でも確かに、これもドラムあり前提でアレンジしてるんだ」
文乃が譜面を指差しながら言う。
「キーボードでドラムの演奏もできるんだけど、あたしがリズムに専念するのも気乗りしないし、自動演奏じゃつまんないし」
仁保子が漏らした。
「ドラムかーー。モノは、去年の三年生が使ってたのがワンセットあるんだけどね」
多佳子は、準備室の奥で埃を被っている楽器を思い出していた。


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