≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

54 ドラム

「わたし、ドラムやってみようかしら」
柚姫が言い出して、文乃はあわてた。
「ヒメ。マリンバだのドラムだのって、この前ボクが、〈失敗しそうなことに手を出さない〉って責めたからか?
 あれは悪かった。無理しないでくれ」
「違います。本当にやってみようかと思ったんです。
 …文乃さんに言われたからかもしれないけど…新しいことをやってみようかって…」

「ヒメ、えらい!」
季依が柚姫を抱きしめた。
「えへ」
はにかむ柚姫にくっついたまま、季依は文乃に笑いかけた。
「良いじゃん、文乃。柚姫が色々やってみようって考えたんだから。
 むしろ、良い傾向だって言って応援してあげるくらいで上等じゃない?」

「そのとおりだよ、文乃。ヒメのこと気遣う気持ちはわかるけど、かえって過保護だよ。
 もう、本人に任せて良いじゃない。あたしたちみんながついてるんだし、大丈夫だよ」
多佳子もにっこりといたわりを見せると、文乃もほっと表情を緩めた。
「そ、そうか。そうだよね」
「でも、ヒメがドラムなら、〈トランプ占い〉のマリンバは?」
一緒に微笑んだ仁保子が気づいて、困った表情になった。

「そうですよね」
柚姫は手をこまぬいた。
「柚姫のやる気に水を差すわけじゃなくて、前から考えてたんだけど」
気を取り直した文乃が、話の穂を継ぐ。
「ヒメ、藤組に目時菜摘っているだろ」

「ええ。文乃さんと同じ中学だったんですよね」
待て待て、柚姫は中学時代、日本にいない。
もしかして、編入してきてから、もうクラスメイトの名前と出身校を覚えたとか?
「いいえ、全校生徒全員覚えてますよ。少し出遅れましたから、早くなじめるようにね」
こともなげににっこりする柚姫を見て、多佳子は目まいを感じた。
恐るべしその記憶力。

「菜摘は中学時代、主にティンパニ担当で、他にもスネアとかドラム系を受け持ってた。
 でも彼女、高校じゃ美術部に入ってしまったんだ」
「美術部!」
「油絵に興味があるからって言ってた。だけど、もしドラム担当を探すとしたら、ボクには菜摘しか心当たりがない」
「誘ってみたことはあるの?」

多佳子が訊ねると、文乃は首を振った。
「今さらスカウトするっていうのは、いかにも時期が半端だよねえ」
仁保子もため息をついた。
「わたし、同じクラスだし、お話ししてみます」
柚姫が決意をこめて、両手のこぶしを胸の前で合わせた。

「ヒメ?無理しないでくれよ」
文乃が心配そうに言うと、
「大丈夫。ダメでもともとでしょ」
柚姫、なんか進化してるかも?


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