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  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

55 琅かん堂

 ※「琅かん堂」の「かん」は、「王」に「干」という漢字。
  IEでは表示してくれないのでひらがな表記しています。

「わかった。ヒメに任せる。仁保子、ドラム入りアレンジは保留ね」
多佳子が決断を下した。
「ううん、平行作業しとく。文乃、〈雨の日曜日〉のアレンジ、あたしが仕上げて良い?」
「もちろん。頼むよ」
「じゃあ、新曲はまず二曲。ドラム担当のスカウトとアレンジは明日以降ということで。
 今日は〈ほろほろ〉と〈雨の降る日〉のおさらいしましょう」
多佳子が宣言して、みんなは楽器を手にした。

その後の練習中だった。
遠くの方で、大きな音がした。
スタンドシンバルを勢いよく倒したような音。
みんな演奏を止めて、顔を見合わせる。
続けてもう一度、何か固いものを床に叩きつけたような音。
追いかけるように響く歪んだ弦の音から、エレキギターを落とした様子が浮かぶ。

五人は楽器を置いて、廊下に飛び出した。
二つ隣の教室から、〈魔神天使〉の面々も出て来ている。
〈クレマチス〉の先輩たちもだ。
じゃあ、あれは〈琅かん堂〉の?
全員、音楽室寄りの一年蘭組へ走る。
音楽室側からも、器楽部本隊の何人かが来るのが見えた。

蘭組の教室に入ると、惨状が目に入った。
スタンドシンバルだけじゃなくて、ハイハットもバスドラムもフロアタムもひっくり返っている。
その前には、ネックが折れて中の鉄芯がむき出しになったギターが転がっている。
そうして、奥崎さんとドラムの田名部さんがものすごい形相で睨み合っていた。
ベースの藤村さん、キイボードの樫山さんも、険しい顔で立ち尽くしている。

「奥崎さん!」「田名部さん!」
呼んだのが誰だったか、はっきりわからない。
取っ組み合いにでもなりそうな緊迫した空気だったのが、その声を合図にしたように、ふいに途切れた。
奥崎さんは、田名部さんから目をそらすと、変わり果てたギターをソフトケースに片づけ出した。
田名部さんも、ドラムセットの構成品を起こしていく。

あとの二人も、無言で楽器を片づけ始めた。
多佳子はじめ他の部員たちは、みな呆然とその様子を見ていた。
奥崎さんは、楽器の残骸を詰め終わったケースを肩に掛けると、教室の出入り口へ向かう。
自然に道を空けた多佳子たちには目も向けず、黙って出て行ってしまった。
藤村さんと樫山さんも、一言も発さないまま、周囲を無視して楽器ケースを手に立ち去った。

残った田名部さんは、ため息をひとつつくと、
「悪いけど、楽器の片づけ、頼むね」
と疲れたように言って、スティックだけ持って教室を後にした。
他の器楽部員たちは、置き去りにされたような形になった。
多佳子たち〈ミニム〉の面々は、何も言えないまま、のろのろと機材の撤収にかかる。
上級生たちや本隊の部員たちは、元の教室へ戻っていった。

幸い、ドラムセットは、一見して壊れたり破れたりしたところはない
メンバー同士の喧嘩?
それにしても、楽器を壊してしまうなんて。
多佳子には大きな衝撃だった。
文乃だって、柚姫のバイオリンにいたずらしようとした男子を殴りつけたくらいだから、きっとショックに違いない。
〈琅かん堂〉の機材の後始末を終えて、自分たちの練習教室へ帰っても、何となく気分が乗らない。
目時さんのスカウトは柚姫に託すことにして、早めに練習を切り上げた。


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