≪レディ・ツインクル!≫  ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

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 いくら最新型のヘリコプタでも、宇宙船とドッキングするようにはできているはずがない。フィーは、ヘリコプタをボートぎりぎりまで近づけると、緊急着水ハンドルを引っ張った。衝撃があって、機体の下に合成樹脂のフロートが膨らむ。そのまま推力を落として着水させる。ローターが止まらないうちに、ドアを押し開けて海へ飛び込んだ。イクミとジェイナスもそれに続く。

 水を吸って重くなった衣服が、泳ぐ手を邪魔する。ボートが目の前だというのに、なかなか進まない。もう追っ手のヘリコプタの爆音が聞こえてきた。やっと艇体にたどり着いたは良いが、今度は、表面がつるつる滑ってなかなか登れない。入り口の非常用ハッチが、湾曲した艇体の尾根に当たるてっぺんに口を開けているのが見えているというのに。

 手間取っているうちに、ヘリコプタが頭上を何機も旋回し始めていた。
『ジェイナス・ツインクル。もう逃げられません。学生たちもこれ以上の違法行為をやめて、投降しなさい。』
 聞き覚えのある声が拡声器で喚いている。シャンデ秘書官だ。ジェイナスは、直々にお出ましとは痛み入りますね、と皮肉をつぶやいた。向こうに聞こえないのは残念だ。突然、ヘリコプタが機銃を発砲した。ジェイナスたちのすぐ脇に、大きな水しぶきが立つ。イクミが悲鳴をあげた。

 ボートがぐらりと揺れた。少し沈んだようだ。艇体の尾根に向かって波が殺到する。潜水機能を生かしたのだ。
「今だ!」
 フィーはイクミの襟首をつかんで波に乗った。ジェイナスもすぐ理解したようだ。海水とともにハッチになだれ込んだ。あちこちぶっつけたが、それどころじゃない。フィーは立ち上がって、ハッチを閉じようとした。轟音がして、ハッチの周りに機銃弾が炸裂した。

 フィーは首を縮めてインターカムに向かって怒鳴った。
「入ったぞ!」
『オーライ!』
 すぐに答えがあって、艇体に加速感が加わった。

 シャンデの目の前で、一旦海中に没した小型の宇宙艇が、見る見る姿を現わした。小型とはいっても、ヘリコプタなどと比べたら数段大きい。一瞬気圧されたが、すぐに気を取り直した。
「推進機関を狙って銃撃!今度は威嚇ではなく、当てていいわよ。これ以上飛ばしちゃダメ!」

 しかし、シャンデの指示は、遅かった。すっかり取り囲んで機銃弾を浴びせ掛けたはずだったが、ボートは海面すれすれの超低空を、猛然とダッシュしていた。見る見るうちに遠ざかり、やがて急角度で高度を上げていく軌跡が見えた。シャンデは溜息をついた。あの速度を追跡するとしたら、戦闘機でもなければ無理だ。 

 だが、まだ望みはある。どうせ宇宙港施設の支援がなければ、宇宙へは出られない。あちらの燃料が尽きるまで、地道に追いかけることだ。あとは彼らのアドレスを注意深く監視して、マスコミへのリークを警戒する。もっとも、プーマックのマスコミで、こんな話を記事にするようなところはあろうはずがないが。


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