≪レディ・ツインクル!≫  ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

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 追っ手がかかるのは早かったが、ヘリコプタごときを引き離すのは簡単だ。小型ボートをちょっと加速させると、あっという間に見えなくなった。レイは、エレーヌの方に向き直って、おもむろに言った。
「さてと、エレーヌ。このボートには、実はもうひとつ秘密があるんだ。」
「実は、飛行艇や潜水艦の真似事もするんでしょ。」

 エレーヌはこともなげに答えた。
「ど、どうしてそれを?!」
「イクミが設計図面を見て、解説してくれたわ。外殻と内殻にきれいに分かれて、隙間があるのは、浮力を増すためだって。」
「設計図なんか見せてないぞ。」

「大学のコンピュータを使ってたら、イクミにとっては自分の本棚に保管されてると同じよ。」
 くすくす笑う。
「なるほど、それもそうだ。」
「おまけに、空気圧縮機の能力からいって、数回なら水中に潜ることもできるだろうって。」

「ちぇ、イクミにはかなわないな。知ってるなら話が早い。本来は、非常着水したとき、絶対沈まないようにする構造の試作なのさ。今まで一度しか試験してないけど、今回の目的地に海の惑星アーゴを選んだのも、ここでもう一度潜水試験をしてみようって考えがあったんだ。無許可でやることになろうとは思わなかったけどね。」
「じゃあ、潜水艦みたいに、潜ったまま誰にも見つからずに陸の方へもどれるとか?」

「残念ながら水中専用の推進機関がないんだ。単純に、艇体の沈み方をコントロールすることまだはできるけどね。通常空間エンジンで移動したんじゃ、派手な航跡をご披露して、さあ、ここにいますよって宣伝して歩いてるようなものさ。でも、水中を航行できないことは、それほど問題じゃない。このボートは、宇宙港だけじゃなくて、海上にも降りられるってところが重要なんだ。」
「うん、わかる。」

 エレーヌはにっこり笑った。
「さあ、まず作戦を練り直さなくちゃ。まずイクミたちに連絡を取りましょう。」
「ネットワーク上の僕らのアドレスは、監視されてるだろうな。」
「イクミほどじゃないけど、ネットワークシステムを騙すくらいは、私でもできると思うわ。」
「頼む。」

 エレ−ヌは、ここまでの顛末をテキストにまとめ、いつものように簡単な暗号化を施しておいてから、ネットワークにアクセスした。衛星からの位置情報をダウンロードし、素早く接続を切断するふりをして、実際は制御言語領域の隙間にダミーを噛ませ、別なハードウェアからと見せかけたアクセスと入れ替わる。表面的には、一瞬だけ接続して、位置を確認するや否や逃げ出したように見えるに違いない。いくつかダミーを乗り換えてから、イクミの携帯端末を直接呼び出して、テキストファイルを送りつけた。対話できるように、その回線を維持する。

 通信用ディスプレイは、しばらく沈黙したままだ。でも。女の子どうしには、秘密の言葉がある。受信してみて、送信者名やアドレスが出鱈目でも、暗号化されたタイトルを見れば、イクミならすぐにエレーヌだとわかるはず。イクミも、監視を警戒して、ダミーを迂回してくるはず。だから、時間がかかっているのよ。

 ディスプレイに、着信表示が点滅した。開示すると、文字が勢い良く流れ出した。イクミやエレーヌにとっては、雑音で聞き取りにくい音声データよりも、テキストデータの方が、早くて確実だ。
≪エレーヌ!メッセージ読んだわ。何てことなの。星間警察へは向かえなかったのね。こっちはうまくジェイを助け出したわ。みんな無事。警察ビルの屋上からヘリで逃げてる最中。追っ手がしつこいの。≫

 エレーヌは呆れながら文字を追った。まさかこんなに早くジェイナスを救出してしまうなんて。イクミには勝てないわ、まったく。メッセージを暗号化するまでの余裕はないようだが、とりあえず無事な様子だ。これだったら二手に分かれる必要もなかったかしら、と少し苦く思いながら、エレーヌも、もう暗号化せずに返信を書き込む。

≪反転して助けに行くわ。現在位置から真北へ逃げて。落ち合う地点は概ね───≫
 現在座標から暗算でざっと邂逅地点の座標を出して、付け加える。今度はすぐ返信があった。
≪了解。≫

「レイ。」
「わかってる。」
 レイの小型ボートは、速度を落としもせず、弧を描いて進路を変えた。ボートを追ってきたヘリコプタたちが見えてきたところで、急上昇してその頭上を飛び越える。追跡者たちは、おろおろと旋回してその後を追うが、相手にならないのは明白だった。


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