≪レディ・ツインクル!≫  ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

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 小扉をこじ開けると、実質66階、ビルの屋根裏に当たる空間だった。イクミとフィーは、広く薄暗いその空間の中に、這い出た。屋上のヘリポートを支える鉄骨のトラス構造が、縦横に走っている。鉄骨に囲まれるようにして左右に三つずつ置いてある、巨大な六基の水槽は、ボールベアリングの上に載り、八方から油圧ダンパーに支えられている。地震のとき、横揺れのエネルギーを吸収する、制震装置を構成しているのだ。水の重量を錘に使っている。

 ネットワーク上の公開資料では、最新型のダンパーを備えて、アーゴで起こった過去のどんな地震も耐え抜くことができる、と誇らしげにPRしていた。その資料の通りなら、ビルの給水設備兼用にもなっているはずだ。
これに経費を取られ過ぎて、セキュリティがおろそかになってるんじゃないか…建物内のモニターがほとんどなってないような気がするな、と、フィーは思う。

水槽に挟まれて、通路のような格好になったところに、二人は立っていた。
「設計図面にあった通りだね。うまくたどり着いた。すぐ行動開始だよ。」
 イクミは小声で言うと、さっさと水槽を取り巻いているキャットウォークに登って、構造を確かめ始めた。大きな箱型の水槽の上面には、何箇所か大きなガラスのはめ込まれた監視窓があり、白く塗装された内面に八分目ほどまで水が湛えられているのが、ほの暗い中でもわかった。

 フィーは、空間の片隅のドアを調べた。床からドアまで、何段か階段で上がるようになっている。引き戸式の自動ドアではなく、蝶番の手動の扉だ。ドアの外は階段室だった。この階(?)には、エレベータは通じていないようだ。それはそうだ。エレベータには機械室が必要だ。這い出してきた小扉の脇に見える小部屋が、その機械室だろう。つまり、エレベータはこの下の階からだ。

 階段室のドアを閉め直し、鍵を掛ける。窓は、高いところにぽつぽつあるだけだから、大丈夫だろう。床に目を向けると、通路に三箇所、等間隔に並んだ点検用の上げ蓋がある。ジェイナスは、海が見えると言っていた。海側とすれば、手前の方だ。一番手前の蓋のフックを起こし、静かに持ち上げる。データによれば、小会議室の上に当たるはずだ。案外深くに、下の階の天井板が見えた。データでは薄手の化粧合成樹脂板だ。電気配線と、空気調節機の配管が少し邪魔か。しかし、丁度上げ蓋を投げつけるのに良さそうな隙間はある。うまくやれば大丈夫。蓋を縦に高く掲げて用意する。

「こっちは準備オーケー。」
「こっちも思った通り。じゃあ、行こう。」
 イクミは、フィーのすぐ脇の水槽によじ登っていた。補剛材の出っ張りが、手掛かり足掛かりになる。通路を向いた角の片方の上端に、パワーアップさせた電磁ナイフを当てると、体重をかけて下まで一気に切り裂いた。金属質プラスチックの分厚い壁は、カッターナイフを当てたダンボールのように、あっさり切り込まれた。裂け目から水が噴き出す。

 素早くもう片方の辺も切り裂く。両側の辺を切り離されて、その小口面は、耐え切れずに、轟音をたてて水圧に押し倒された。その直前、フィーは、上げ蓋を思い切り下の天井板へ投げつけ、イクミと反対側のキャットウォークへ逃げた。蓋板は、天井板に突き刺さって止まったが、床に流れ落ちた水が点検孔へ殺到して、蓋と天井板や配管の破片を道連れに下の階へ雪崩落ちた。

 イクミは床に下りずに、手を伸ばしてキャットウォークに戻ると、隣の水槽に移り、同じようにして、次々と水槽を切り裂いた。フィーも反対側の水槽を切り裂いて行く。水槽の水は、給水設備に供給されて減ってしまうと、自動的に補充するらしい。六基全部が水を吐き出してしまっても、奥のほうで、ポンプが唸っているのが聞こえる。正確には、給水ポンプはずっと階下にあるらしく、遠くからくぐもった音をたてているのだが。

 流れ出る水の量はすっかり減ったが、止まったわけではない。部屋の中は、いったん腰のあたりまで水に浸かり、続いてどんどん減り始めた。二人は、水槽のキャットウォークから、床にあいた穴の中を覗いた。十分に混乱してくれていれば良いが。


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