≪レディ・ツインクル!≫  ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

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 レイとエレーヌは、イクミたちを見送ると、宇宙港管制室に離陸申請を出し、ボートの最終点検に入った。借りてきた牽引車で、ハンガーから最初に到着したときのVIP用エプロンへ引きずり出し、二人でチェックリストを読む。最後に、通常空間エンジン点火の直前までステップを進める。すべて異常なし。あとは、離陸許可が出て、カタパルトへの誘導が始まるのを待つだけだ。管制室からは、1時間以内に離陸できる、という目安が示されている。その間を利用して、念のため、イエライデュウ宛の宇宙郵便を書いた。差出アドレスを色々変えて何通も送っておく。

「レイ、見て。」
 操縦士席にふんぞり返って一休みしていたレイの腕を、緊張した面持ちのエレーヌが引っ張った。エレーヌが指差した船外モニタは、ボートの周りをわらわらと警官たちが取り巻いているのを映し出していた。ボートのタラップはすでに収納してあるので、タラップカーを寄せて来ている。
「ちぇっ。どうやらおとなしく離陸させてはもらえないみたいだな。」

「どうして今ごろになって?出国審査の時だって、すんなり許可をくれたのに。」
「組織系統が違うんだ、きっと。中央警察庁の配下だけが、ジェイナスの監禁に関係してて、例えば出国審査をする運輸省とか、他の行政庁は別なんだろう。」
「どうするの?」
「こうするのさ。」

 レイはエンジンを始動した。低周波と高周波の交じり合った、独特の振動が船体を揺るがす。外の警官たちは、慌てて後ずさった。
「そこいらのボートとは、ちょいと違うんだな、これが。」
 レイが操縦桿に力を込めると、轟音とともに船体がふわりと持ち上がった。あおりでタラップがひっくり返る。警官隊は恐慌状態で逃げ出した。無理もない、宇宙艇が垂直離着陸機の真似をするなど、見たことも聞いたこともないはずだ。

 ボートは、そのままぐいと回頭すると、海への最短ルートを取って飛び始めた。緩衝緑地を越えると、すでに海の上だ。スピーカは、応答を求めながら罵倒する宇宙港管制室の声を、がなっている。
「あーあ、何て答えろって言うんだか。できれば穏便に済ましたかったのに、ついにこっちから、あからさまな違法行為をしてしまったなあ。」
 レイは溜息をついた。

「それより、これで宇宙港のカタパルトを使うのは、絶望的ね。」
「仕方がない。でも、垂直離陸なんて、燃料の無駄遣いだよなー。
 もしも宇宙へ上がれないとなれば、さっき送った宇宙郵便に望みを託すしかないけど――」
「うまく届くかしら。」
「このボートの通信は、監視されてるとみて間違いないだろう。まずはアーゴの宇宙郵便局まで、無事に届いてるかどうか怪しいところだけど、社会システムが、そんな検閲行為を許すところまで腐っていないことを祈ろう。」
 もう一度溜息をついた。

 その間にも、速度を上げながら海面すれすれに水平飛行を続ける。すでに陸地は見えなくなった。作戦は変更しなければならない。レイは考える。方法がないわけじゃないが、またまた試験もしていないフライトになる。あーあ。


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