≪レディ・ツインクル!≫  ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

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「どうやって見つからずにここまで持っていたんだ?!」
 キャリングスは、わめきながら、ジェイナスの手からもぎ取った小さな遠隔操作装置を、床に叩きつけ、踏み潰した。
「レイチェル、さっき取り上げた携帯端末を調べてくれ。遠隔操作で何をやっていたのか。」
「やらせてますけど、ガードが固くて、てこずっています。パスワード以前の問題で、外部からの入力を一切受け付けません。ハード的にも、分解しようとすると、記憶媒体を初期化してしまう可能性があります。今の遠隔操作で何をやっていたかどころか、どんなデータが格納されているかも、基本ソフトの種類すらも、わかりません。」

 キャリングスは、ジェイナスを振り返り、皮肉っぽい調子で問い質した。
「調査官、あなたが首尾良くダウンロードしたデータは、あの携帯端末には入っていないとおっしゃったが、それを確認する方法を教えてくれたまえ。端末に蓄積したデータを引き出す方法だ。」
 キャリングス局長は、ロマンスグレーを七三に分け、極く普通のビジネススーツに身を固めている。警察官僚というよりは、証券会社のエグゼクティヴといった印象だ。

 シャンデ秘書官の淡い橙色のスーツは、赤毛と見事にコーディネイトされている。口紅もオレンジ系で真珠色に光っている。他に部下が三人、尋問を見守っている。男性二人は、これも地味なビジネススーツ姿、女性は薄い緑色のスーツだ。三人とも、やはりサングラスをかけている。
 ジェイナスは、椅子に座らせられ、肘掛に両腕を拘束されていた。足にも拘束具がはまっている。顎の傷に貼ってあった絆創膏を剥がされてしまったのは、何か仕込んであるとでも疑われたのだろうか。部屋は結構広い。本来は会議室のようだが、がらんとしていて、ジェイナスの椅子以外、調度品は何もない。その椅子は床に固定され、体をゆすっても、きしむ音ひとつ立たなかった。

 一方の壁は、床まで全面ガラス張りの窓で、正午近い陽光が差し込んで、大きめに切られた窓枠が床に影を落としている。ガラスにはやや遮光色が入っていた。外の明るさによって自動的に調整されるらしい。他の壁と床は、つやのない象牙色の合成樹脂で、柔らかそうな肌合いだ。ビルの65階と言っていた。宇宙港と海が見える。いや、ジェイナスの目に、その光景が映っているかどうかは定かでない。どんよりとした目をして、抑揚のない声で、答える。

「基本ソフトは、星間刑事警察機構のオリジナル。基本ソフトの起動は、使用者として登録された本人の指紋、声紋、網膜紋様を確認しないと不可能。それ以外は、本部の照合キイを使うしかない。」
「では、本人に起動してもらおうか。―――レイチェル。」
 赤毛の秘書官に向かって顎をしゃくって見せると、彼女は傍らに控えていた女性の部下に、携帯端末を持って来るよう指示した。端末を持って来るのを待つ間にも、キャリングスはジェイナスを問い詰めた。

「もう一度訊くが、君がダウンロードしたデータのはどこにあるのかね?」
「・・・ないわ・・・破棄した。」
「そんなはずはない。どこにやった。」
「すでに・・・本部に・・・渡っている・・・」
「局長、おかしいですわ。この自白剤が効いているのなら、こんな矛盾した答え方ができるはずありません。」

 シャンデが口を挟んだ。
「薬物に抵抗できるような訓練か、体質改造を受けているんじゃないでしょうか。」
 ジェイナスは内心で、ちょっと調子に乗りすぎたな、と思いながら、呆けた顔を続けた。
「可能性はあるな。――調査官、あなたは自白剤に抵抗力がありそうですな。」
「そんなことは・・・ありません・・・」
 本当はそのとおりなのだ。さすがに視界がだいぶ狭まっているが。


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