≪レディ・ツインクル!≫  ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

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 パスは、普通のクレジットカードの三倍ほどの大きさ、同じくらいの厚さのプラスチック板だ。表面の上方にはイクミの顔の二次元写真と簡単な個人情報が印刷されてあり、一方の端に超高密度ICと光磁気テープが埋め込んである。イクミは慎重に目の前にかざして見た。長辺の小口の下端の方に、針でつついたほどの穴が二つ、並んでいる。いつの間にか手にした、刃渡りの大きい薄刃のセラミックナイフをその穴に近い角にあてがうと、薄皮を剥ぐようにすうっと切込みを入れた。物凄い切れ味だ。

 そこまででも十分だった。少しだけ削いだ薄皮をめくると、二つの小穴の奥には物凄く薄い、小さな機械が詰まっていた。いや、詰めたというより、最初から埋め込んで成型してもののようだ。イクミはしかめた顔を上げると、皆を見回しながら、声を出さずに、口をマ、イ、ク、ロ、フォ、ン、の形に動かした。顔が蒼い。よもや本当に仕込んであろうとは。さすがに画像撮影装置まではないようだが。

 イクミは、もう一度、端のめくれたパスを見つめた。今の作業、この盗聴マイクの向こう側にいる誰かには、どんなふうな音に聞こえただろう。不審に思っただろうか。レイとフィーは腕をこまぬいてソファに背をあずけたまま、エレーヌは両手で両腕を抱くような格好で、四人ともしばし身動きもせずにいた。

 やがて、レイが体を起こすと口を、し、ぜ、ん、に、い、こ、う、ぜ――自然に行こうぜ、の形に動かした。そして声を出して、
「そういや、ジェイナスはどうしてるかな。」
「確か、乗船賃を払いに来てくれるって、言ってたよな。」
「遊びに行って見よっか。」

「忙しいからこそ、来られないんじゃないの?迷惑になるわよ。」
「だったらなおさら、こっちから行く方が親切っていうものだよ。」
「無茶な論理ねえ。」
 エレーヌは思わず吹き出した。結構自然な会話になってるじゃない?

 レイとフィーの話では、ハンガーは丸二日借りてあるので、ボートはこのまま置いておける。昼は街で外食することにして、四人とも首からパスをぶらさげてタラップを降りた。イクミのパスの端は、接着剤で貼り付けてある。立ち番をしている二人の警官が振り向いて、片方が、
「今度は皆さんでお出かけですか?」
と訊いた。午前中と同じ人物か、確信が持てない。

「ええ、昼食は街へ出ようと思いまして。」
「ご案内いたします。」
 もう一人の警官が言うのに、エレーヌは、
「ありがとうございます。でも、街への行き方は、今朝方でだいたいわかりましたから、大丈夫ですよ。」
と答えてみた。

「いえ、そうはいきません。キャリングス局長からくれぐれもと仰せつかっておりますから。さあ、参りましょう。どうぞ。」
 右手を差し出していざなうと、彼は前に立って歩き出した。やはりレイたちだけにしてくれそうにはない。後に着いて歩き出すと、もう一人はしんがりに着いてきた。ヘッドセットのマイクに何やらぼそぼそ話している。行動を報告しているのだろう。宇宙港のゲートを出、モノレールに乗り、車両が動き出したところで、エレーヌが警官に訊いた。

「昨日、ジェイナス調査官がいらっしゃったのは、次の駅の前にある中央警察庁のビルなんですか?」
「ああ、そうですね。」
「まだあそこにいらっしゃるんですか?」
「さて、そこまでは・・・」

「せっかく前を通るんだから、会いに行ってみようよお。」
 イクミが割り込んできた。レイとフィーは、街の方へ来るのが初めてなので、この辺のやり取りはエレーヌとイクミに任せるほかない。


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