≪レディ・ツインクル!≫  ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

04

「どうすんだよ。」
 フィーは、イクミに聞こえないよう気を配りながら、レイに囁く。
「しょうがないさ。いつものパターンだ。」
「──────」
 溜め息。イクミが加わると、良くいえば賑やか、大抵、何だか知らないうちに大騒ぎになってしまうのがオチだ。

 係留制御室に入ると、正面の大きなディスプレイに、白い船体の一部が映し出されていた。もしその部分に窓があれば、こう見えるであろう映像だ。その手前に制御卓があり、左右の壁にはボートのエアロックへ通じる連絡通路の扉が、どちらも開けはなしたままになっている。

 このボートは、レイのこれまでの研究を集大成して設計したものだ。特許収入を使って、部材部品を買い集め、自動化された組立てドックを借りて、フィーを助手に約一年がかりで仕上げた。艤装の段階で、電子機器の設計変更にイクミの助言をもらったのは確かだが、イクミはそれだけですっかり我が物顔だ。

 ボートが竣工して、研究室へ回航して来ると、今度は研究室にやってくるようになった。うるさくてかなわないと思いつつ、妙に憎めないところがあるのは否めない。何より、エレーヌを連れてきてくれるのはありがたい。ボートは今、左舷をこちらに向けて係留されているので、左の通路はコクピットに、右は居住区につながっている。その右の通路から、エレーヌ・スターラーが出てきた。
「あら、こんにちは、レイ、フィー。ごめんなさいね、先におじゃましちゃって。」

 なぜ彼女のような女性が、イクミと仲がいいのか不思議だと、フィーはいつも思う。イクミより三歳年上だから、レイやフィーよりひとつ下のはずだ。肩までに切り揃えた絹のような金髪と、豊かな知性をたたえた高い青空のような瞳、控え目な中に芯の強さを感じさせる、柔らかでよく通る声。レイと同じ総合宇宙船工学科の学部学生中でも、秀才の誉れ高い。

「やあエレーヌ。かまわないよ。ボートのチェックしててくれたんだろ。」
 レイが右手をあげて答える。
「ええ。あなたがイクミに頼んだとおり、メインエンジンを起動して、第三ステップまでチェックリストを読み上げたわ。生命環境維持装置は最終ステップまで。でも、ひとりで読んだだけだから、もう一度読み上げるのに、つきあって欲しいの。」

「誰が、誰に頼んだってえ?」
 フィーが呆れ顔で言うと、
「あらあ、以心伝心ってやつよ。前々からこの休みには、ツーリングに出ようって言ってたじゃない。」
 後ろから、遅れて入ってきたイクミが、涼しい顔で答える。そっちへ向き直ってフィーは、
「だったらどうして、チェックリストの読み上げを手伝わねいんだ。必ず二人でやらなくちゃチェックにならねいじゃねいか。」

「あたしだって、チェックしなくちゃならないものがあるんだもん。」
「肝心のボートのチェックができなけりゃ、どうしようもねいだろう。」
 また始まった。レイは二人の会話を無視して、コクピットへ通じる左のエアロックへ向かって歩き出した。
「エレーヌ、チェックを始めよう。フィー、居住区の生命環境維持装置の方、頼むぜ。」

「おっと待った。駆動系のチェックは、パイロットの俺にやらしてくれよ。」
 慌ててフィーがそれを止める。
「オーケイ。じゃ、僕らは居住区だ。」
「あたし、生命環境維持装置のほう引き受ける。レイ、行きましょ。」

 イクミはバッグをかつぎ直して、さっさと通路へ消えた。エレーヌを連れて行くつもりだったレイは、唖然としている。
「こっちも行こうぜ、エレーヌ。」
 フィーも早足で通路へ入って行った。エレーヌとレイは顔を見合わせて、肩をすくめた。


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