≪レディ・ツインクル!≫  ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

03

 研究室のカプセルポートには、フィーたちのものと同型の白いカプセルが繋がっている。そのカプセルは、二基目を感知したポートによって自動的に脇へずらされ、空いたハッチにフィーたちのカプセルがドッキングする。レイはベルトをはずし、シートを蹴ると、前部ハッチの横にある制御盤に泳ぎ着いた。制御盤にIDカードを通し、指紋パッドに右手を置きながら、網膜スキャナを覗く。研究室のセキュリティシステムがレイを認めて、ハッチを開くまでの間に、彼はシステムに問いかけた。

「今日、僕たちの前にこの研究室へ入ったのは誰だい?」
「今日、ミスタ・ルフトウィックの前に、この研究室へ入ったのは、ミス・イクミ・リーヴィア・アーヴィング、及び同伴者一名、です。」
 システムのなめらかな女声の答えに、思わず溜め息が漏れる。

「ミス・イクミ・アーヴィングは、もう、小一時間ばかり、教務課、じゃあ、なかったのかい?」
 システムの声色で、フィーが皮肉っぽい視線を投げる。レイは憮然としたまま、開いたハッチをゆっくりとくぐった。エアロックを通って、予備室に入ると、次第に人工重力システムがききだす。慣れないと、なかなか気持ちが悪い。もう一度セキュリティチェックをパスするとドアが開き、そこが研究室のメインルームだ。

「おかえりなさ─い!」
 元気な声は、言わずと知れたイクミ・アーヴィングだ。部屋の中央にある会議用テーブルに、何やら荷物を広げるといわず、まとめるといわず、散らかしている。その手を止めて、くりくりとよく動く黒い瞳で、レイに笑いかける。

「あの新しいボートの試験航宙に出かけるんだよね?滞宙証明降りたんだもんね。時間がないからって、教務課を説得するのたいへんだったんだからあ。」
 レイは仏頂面で、イクミを睨みながら奥に置いた自分の机へ歩いた。かわりにフィーが受けて、
「誰が出かけるなんて言ったよ。だいたい、説得して来たにしては、俺たちよりお早いお着きってえのは、どういうことだ?」

「ここへ来てから、携帯端末で話したもん。」
 フィー、一瞬絶句。誰でも持っている電話付き携帯式電子ネットワーク端末ではあるが、大学本部からの呼び出しに直接出向かないなど、普通、できることではない。
「それにしたって、スキップの手続きだろ?説得するとか、しないとかの問題じゃねいだろが。」
「そのとおりよ。あたし、別にスキップなんてどっちでもいいもん。教務課のランダル主任主査がしろしろってうるさいだけ。呼び出されたって、優先する用事があるんだからこっちが大事って、言ってやったわ。」

 だいいち、年下のくせに、この言葉遣いはどうだ。
「そんなの、説得って、言うのかよ!」
「そんなこと、そもそもフィーに関係ないでしょ!」
「ああ、わかったわかった。もうそのへんでよせ。確かにツーリングには出かけるんだ。」

 我慢できずに、レイが割ってはいった。
「休みは有限なんだから、さっさと準備しようぜ。」
 机の下に用意してあった荷物を持って、レイはさっさと小型ボートのバースへ向かった。あわててフィーも後に続く。イクミは、驚いたことに、あれだけ広げていた物をあっという間にひとつの大きなバッグに収めて、ついてきた。


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