≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

46 PA

ライブのちょうど二週間前、放送部のPA担当三人が、練習を見に来た。
合同ライブでは、PAや照明などの舞台演出を、放送部が担うのだそうだ。
二年生が二人、一年生が一人。
一年生は、いかにもまだ見習いといった風情で、先輩にくっついて歩いている。
上級生が裏方をやってくれると聞いて、多佳子は恐縮してしまう。

今まで、電気楽器の音量を絞って、肉声だけで練習していたけど、この日はPA担当の求めに応じ、マイクをセットして、本番に近い格好にした。
教卓の天板よりひと回りくらい小さなミキサーに、まずボーカルマイクをつないでいく。
多佳子のアコースティックギターと柚姫のバイオリンにも、専用のピックアップを取り付けた。
エレキギター、ベース、キイボードは、アンプからケーブルを引く。

「アンプの音量は、演奏者用のモニターだと思って、小さめにしてください。
 本番のステージ上でも、途中でいじらないように」
高さ四十センチほどのモニタースピーカーを教室の前方左右に二個おいて、練習を始めた。
バランスを見るために、予定している曲を通して演奏して欲しいと注文され、従う。
小さめのスピーカーに見えたのに、演奏を始めたら、今まで聴いたことのない、部屋全体を響かす大きな音が出た。

多佳子は驚いて、歌の出鼻をしくじった。
「なーにびびってんのよ、多佳子」
演奏を止めて、季依にどやされる。
「あまり気にしないで、いつものとおり演奏してね」
PAの先輩に笑われて、多佳子は顔を赤くした。
これからは、マイクを使った練習にしていかないと、本番でしくじりそうだ。

合同ライブまで、あと十日ほどのある日。
「曲、書いた」
顔を赤らめた文乃が、みんなに楽譜のコピーを配った。
アレンジ前の、歌だけの楽譜。
一番上には〈トランプ占い〉と、タイトルが書いてある。
〈ボク〉が、朝のバスで会う〈あなた〉の隣に座れたとか、今日は乗ってなかったとか、トランプを並べて〈あなた〉の心を知りたいとか、少女漫画風の歌詞。

「かわいい!」
季依が思わず声を上げる。
文乃はますます赤くなった顔をそむけて、
「そういう感想は必要ないから」
「ねえねえ、これ、文乃の体験がベースなの?朝のバスに素敵な人、乗ってるの?」
仁保子が興味津々で訊ねる。

「違う」
相変わらずそっけない。
柚姫は、目をキラキラさせて、黙って譜面に見入っている。
「えーと、文乃。これだけだと、ちょっと短い気がするんだけど…」
多佳子が遠慮がちに切り出すと、文乃は即答した。
「多佳子の出番」

「あ、あの…」
「補作詞は得意って言うから、頼りにする」
「得意なんて、言ってなーーい!」
「いやいや、多佳ちゃんのは才能だよ。あたしも大いに頼りにしたいわー」
「そうそう。ちょいちょいっと補足してくれれば良いのよ」
脇から季依と仁保子が口をはさむ。

「多佳子さんなら、きっと、ぴったりの詞を考え出してくださると信じてます」
静かにしていた柚姫までが、両手を組合せ、輝かせたままの目を多佳子に向けた。
「わかったわよー」
ため息混じりに引き受ける。
合同ライブが迫っているので、本格的に考えるのは、それが終わった後になるだろう。


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