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45 レパートリー

「レパートリーだって」
多佳子は目をぱちくりさせた。
「今練習してる二曲じゃ、足りないってことね。またトマちゃん書く?」
「あたし、自分で歌詞書く自信ない。多佳ちゃん、歌詞書かない?」
「うー、今回みたいな補作ならともかく、一から詞を書くって、手に負えないかも」

仁保子に目を向けると、先手を打たれた。
「学園祭まであと三ヶ月ないでしょ。アレンジならともかく、作詞作曲は荷が重いなあ」
「わたしも…」
柚姫が言いかけてうつむいた。
「わたし、誰かがやったことを真似することはできても、新しく何か作るのは苦手なんです」

「ヒメはそんなふうに、昔から、人がやってることを見て、失敗しそうなことには手を出さないだろ」
文乃が、またまた辛らつな言葉を吐いた。
柚姫は、ますますしょげ返る。
「文乃ってば、そこまで言わなくても…」

多佳子がなだめると、
「ヒメは、大抵のことがすぐ上手にできるから、逆に失敗することが怖くなってるように見える。
 完璧を求めて、しくじりそうなことを避けてばかりいるようになった。良くないと思う」
思いがけず深刻な話になった。
普段の柚姫は、結構積極的に行動しているように見えるけど、文乃の指摘もわかる気がする。

「文乃。ヒメが心配なのは良くわかったわ。でも、言い方ってあると思うよ。
 ヒメ。文乃が、つい、きついこと言ってしまうのは…」
「わかっています。文乃さんは、いつもわたしに大切なことを教えてくださるんです。つらいけど、嬉しいです」
柚姫は泣き笑いのような顔を上げた。

傍から見ると、何でもそつなくこなす〈天才少女〉柚姫だけど、文乃の目には、自分で課した理想に絡め取られて、かえって臆病になっていると映るのかもしれない。
しかし、〈教えてくださる〉と素直に受け取ろうとする謙虚さは、さすがだ。
「文乃、〈作詞作曲ができない〉ってのは、〈失敗しそうだから手を出さない〉ってのとは少し違うでしょ。
 だいたい、あたしも季依も、仁保子だって逃げを打ってるんだから、ヒメばっかり責めちゃダメだよ」

「そーよそーよー」 季依がニヤニヤと尻馬に乗った。
「…すまない、言い過ぎた」
「ま、気になる相手をいじめたがるのは理解できるけどさ」
ニカっと歯を見せる季依。

「な…」
文乃は赤くなったり青くなったりしている。
「そういう文乃はどうなのよ、新曲書くのは?」
「う…」
続けて仁保子が話を向けると、文乃は唇を噛んだけど、すぐ顔を上げた。
「書いて来る」

「へ?」
「ヒメにもみんなにも、悪いことしたと思う。だから、新曲、書いて来る」
顔が真っ赤になっている。
柚姫が文乃に飛びついた。
意表をつかれて、文乃は抵抗もせずに抱きすくめられている。

「文乃さんて、やっぱり素敵」
多佳子も二人に抱きついた。
「文乃ってば。ここは、ごめんって言って、笑い飛ばす場面だよ。ほんと、生真面目なんだから」
「ご、ごめん」

「あ、ずるいぞ、多佳ちゃん」
「あたしもーー」
季依と仁保子もくっついてきた。
五人ひとかたまりになって、ようやく文乃にも笑顔が戻った。


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