≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

42 オカリナ

「うえっ、苦手なんだー」
「もっとスムーズなのが良いって考えたのは季依なんだから、やってみなよ」
「ああー、言うんじゃなかった」
「季依はどんな音だとスムーズだと思うのよ?」
多佳子が助け舟を出した。

「バイオリンに対抗するなら、管かなあ」
「ホルン?」
季依が中三のときは、フレンチホルンの第一奏者だった。
「いや、それはないでしょ。楽器持ってないし。どっちかというと木管じゃないかな」
「フルートくらいは吹けたんじゃない?」

「リード楽器でなければ何とか。でも、フルートだってないよ。誰か持ってる?」
みな首を横に振る。
「リコーダーとか」
「あ、良いかも」
「準備室の戸棚に、オカリナがあったぞ」
文乃が思い出して口を挟んだ。

「オカリナか。小学校のとき吹いたことあるなあ」
「よし」
文乃はさっさと楽器を置き、教室を飛び出して行った。
「季依、ギターが良くてバンドやりたかったんじゃないの?」
多佳子は少し心配になって訊いた。

「そうなんだけど。何かこう、アンサンブルって、フレーズに似合う音ってあるじゃない」
「そんなもん?」
あっという間に文乃が駆け戻ってきた。
手に持った小ぶりの紙箱は、すっかり色あせていて妙に埃っぽい。
長らく人が触ったことがないのだろう。

表面にアルファベットらしき文字が書いてあるけど、のたくるような癖のある筆記体で、読めない。
「文乃ってば、これ、よくオカリナってわかったね」
多佳子は半ば呆れて言った。
「え?ちゃんと箱に書いてあるじゃないの」
文乃には普通に読めるらしい。

箱を開けると、黒い人口皮革のハードケースが出てきた。
「ぅわっっ、高そう。というか無駄に立派じゃん」
季依がケースを開くと、柔らかそうな内装に包まれて、ベージュ色のオカリナが鎮座していた。
植物の蔓のような模様が緑色であしらわれていて、高級感いっぱい。
歌口の近くに〈C〉と調性が刻印されている。
外箱は色褪せているけれど、中身はぴかぴかだった。
蓋の裏のポケットに入っていた運指表も、ほとんど色褪せていない。

「これ、学校のなの?使って良いのかな」
季依は急に不安になったようだ。
「季依らしくない。準備室の備品棚にあったんだから、学校のだよ。ほら、ケースに備品のシールが貼ってある。
 ビブラフォンは使って良くてオカリナはダメ、てことはないだろう。ありがたく使わせてもらおうよ」
今日の文乃は、文乃らしからず強引だ。
慎重な文乃ってイメージは、間違いだったかも。


 ■back