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  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

40 バイオリン

「ううん、気になさらないで。
 アレンジ譜を見てたら、弾いてみたくて弾いてみたくて、我慢できなくなってしまったんです。
 あんなにたくさんの皆さんが集まっておいでになるなんて、驚いてしまいました。わたしも軽率でした」
柚姫も頭を下げる。

「そうだよ、ヒメ。昔とちっとも変わってないんだから。
 周りのことを考えなさ過ぎる。少し、時と場所をわきまえることを覚えようよ」
「文乃ってば、そんなにきつく言わなくても」
「だって、いつもあんな調子だったんだ。はらはらさせられてばかりで、身が持たないよ」
「要するに、心配でたまらないってことね」

「な」
文乃は、赤くなって絶句した。
柚姫は、わかっているのか、いないのか、にっこり笑う。
「文乃さん、いつもご心配いただいてありがとうございます」
「そうじゃなくて!」
声が大きくなったけど、あとの言葉が続かない。

そこへ、先輩たちや季依と仁保子もやって来た。
季依と仁保子は、ひとしきり柚姫の昼の演奏をほめ直した。
「さあ、今日も機材運びからお願いね」
沼山部長の指示が出て、文乃は結局、反論のタイミングを失った。
案外、それでほっとしたかもしれないと、多佳子は文乃から見えないように笑みをもらした。
新しいアレンジにばかり気を取られたのか、リーフレットの紹介文には、特に誰からも意見がなかったので、そのまま部長に用紙を渡す。

字数が決められているから、
「〈ミニム〉は〈小さい音符〉だけど、まだ何にも染まっていない〈白音符〉、これから大きくなって、いろんな色に育っていきます」
という意味の小文と、メンバーのクラスと名前を書いただけの簡単なものだ。
多佳子も皆に続いて、譜面台を何本か手に取って、準備室を出た。

「さて」
先輩たちと自分たちの練習のセッティングを終えたところで、おもむろに仁保子が切り出した。
「みんな、ざっと楽譜に目を通してくれたと思うけど、〈ほろほろ…〉のバイオリンは、ビブラフォンというか、キイボードのパートからフレーズを分けて、割とあっさりめに入れたの。
 基本的に他のパートはいじってないから、ヒメさえ良ければ、一度、通してみて良いんじゃないかな」
「わたしは大丈夫ですよ」

昼に聴いた柚姫の演奏から考えれば、大して練習していなくても、彼女にとっては造作もないことだろう。
多分、初見でも、難なく弾いてみせると思う。
チューニングを確かめて、早速〈ほろほろ花の散る中で〉の、バイオリンが加わった新アレンジを試した。
お昼休みの柚姫効果なのか、練習を見物する生徒が、普段より多いような気がする。
多佳子が一昨日、柚姫から助言された、一拍ずつコードが変わるところも難なく切り抜け、今度はエンディングまで演奏しきった。

ギャラリーから拍手が起こる。
一応、みんなで一礼してから、気になった細かい点を議論した。
〈ほろほろ…〉をもう一回演奏してみてから、〈雨の降る日は…〉の練習に移る。
「季依が考えたギターの間奏のフレーズを参考にして、バイオリンがボーカルの下でオブリガートを弾くようにしてみたの」
仁保子がアレンジを解説する。

「で、ずっとバイオリンだとつまらないので、ツーコーラス目はギターと入れ替わるって格好にしてみたんだけど」
「はいっ!」
今度は季依が手を挙げた。
「そのことだけど、あたし、オブリガート弾きながらハモりパート歌う自信ない」
「そんなに元気良く拒否しなくても…」
仁保子は情けない顔になった。


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