≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

38 アレンジ譜

翌朝、仁保子は早速、アレンジ譜を持ってきた。
いつもよりさらに早く登校して、職員室のコピー機を借りて人数分コピーしてあった。
「仁保子、何だか燃えてるねー」
季依があきれるくらいに、仁保子ははしゃぎ気味だ。
「うん、アレンジって面白い。早くみんなで合わせてみたい」

柚姫もバイオリンを持って来ていて、
「わたしも、演奏に加わるのが楽しみです」
と目を細めた。
多佳子も、リーフレットの案内文を書いてきて、皆に添削を頼んだけど、意識は圧倒的にアレンジ譜に向く。
新しくなったのは全体の構成と、バイオリン、ビブラフォン、キイボードのフレーズが主で、エレキギターなどは以前のままだ。

ベースと多佳子のアコギに至っては、最初に基本リズムだけ書いてあって、あとは「simile(同じように)」とまるで手抜きされてるみたいなんだけど、やっぱり気がはやる。
こういう日は、時間が進むのが遅い。
授業時間が普段の倍あるような気がする。
我慢できなくて、どうせちんぷんかんぷんの数学の時間、こっそり仁保子のアレンジ譜を出して読んでみる。

多佳子の持ち分、ボーカルとサイドギターには、当然ながら、変更はない。
バイオリンのパートは…なんてやってると、いきなり教諭に指名された。
当てられた設問はやっぱりさっぱりわからなくて、冷や汗で制服の背が貼り付く。
四校時が終わったころには、すでにぐったり疲れていた。

お昼も、文乃と向き合ってお弁当を遣いながら、アレンジ譜を眺めた。
食べ終わる頃、どこからかバイオリンの音色が耳に届いた。
「あれ?」
このアレンジ譜の旋律じゃない?
「ヒメ?」
二人顔を見合わせる。
お弁当箱を手早く片付けて立ち上がり、廊下へ出ると、音の聴こえる方へ走った。

隣の隣、一年藤組の教室の後ろで、柚姫がバイオリンを構え、優雅に弓を滑らせている。
後ろの壁に作りつけられた扉のないロッカーの上に、楽譜を広げていた。
ソロ演奏といえばその通りだが、合奏のためのパート譜だから、独立したメロディーとしては珍妙な印象だ。
周りでは、藤組のクラスメイトが呆然と遠巻きにしている。
他のクラスからの野次馬も、何人か混じっているようだ。

「ヒメ!」
柚姫は手を止めて振り返った。
「あら、文乃さん、多佳子さん」
「昼の教室で練習するなんて」
「いけませんでしたか?」
文乃の言い方が、とがめているように聞こえたのか、柚姫は顔を曇らせて二人を見返した。

「いや、いけないとまでは…」
「確かに、昼休みの教室でバイオリン弾いちゃダメって校則があるわけじゃないけど…」
二人とも歯切れが悪くなる。
どうも柚姫は、周りのことを考える、という発想が欠けているようだ。
恥ずかしいという感覚も抜けていそうなのは、帰国子女だからなのだろうか。

「八重樫さん、どうせなら、何かちゃんとしたバイオリン独奏曲弾いてよ」
ギャラリーから声がかかった。
柚姫は一瞬ぽかんとそちらを向いて、次に文乃と多佳子を見た。
二人もあっけに取られたけれど、考えてみれば、何の問題があるんだろう。
文乃がうなずくと、柚姫は顔をほころばせた。


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