≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

36 レミ子さん

先輩たちの分を運ぶのも、柚姫は嬉々として手伝っている。
多佳子たちは、言葉を失ったまま黙々仕事を続けた。
やっと自分たちの機材まで運び終わり、一年葵組の教室に落ち着くと、文乃が柚姫に詰め寄った。
「ヒメ、新入部員って、どういうつもりだよ?」

「だって、文乃さんとご一緒のクラブなら、放課後ずっとご一緒ですもの。
 どうせ毎日見学に参りますのなら、ご一緒にクラブ活動をやらせていただいた方が良いと思いましたの。
 よろしいでしょ?」
多佳子は思わず吹き出した。
つられて季依と仁保子も笑い出す。

いじめられて不憫だなんて、自分は何を考えていたんだろう。
どうしてどうして、積極的な人じゃないの。
「文乃、良いじゃない。もともと仲間に誘うつもりだったんだから、話が早いわ。
 八重樫さん、ぜひあたしたちと一緒にやって頂戴」

柚姫は花のような笑顔を見せた。
「ありがとうございます。何でもやります。とりあえず、ピアノとバイオリンは弾けると思います。
 よろしくお願いします」
改めて、髪の毛を振って頭を下げた。
「できればキイボードは、あたしをメインにして欲しいな。あたし、バイオリンは弾けないもの。
 八重樫さんには、主にバイオリンで参加してもらえると嬉しいんだけど」

仁保子が両手で制すと、柚姫は、
「あ、あ、ごめんなさい。お邪魔をするつもりは、毛の先ほどもございません」
「いやいや、ツインキイボードっていうこともあり得るから、そのときは頼むね。
 ところで、あたし、鳩居仁保子。覚えてないかな」
「もちろん覚えてます。レミ子さんの鳩居さんですよね」

「あちゃー、そっちで記憶してるの?」
仁保子は右手で両目を覆って天井を仰いだ。
「仁保子、レミ子さんて?」
季依が訊くと、柚姫が答えて、
「だって、ニホ子さんだから、レミ子さんだったんですよね」

「ああん、もう。中学校からこっち、みんな忘れたと思ってたのに」
仁保子は顔をしかめた。
「別に良いんだけどね。
 ハ、ト、イ、ニ、ホ、で、ド、ソ、ラ、レ、ミでしょ」

仁保子は、ドーソーラーレーミーと歌ってみせて、
「両親が、〈ハトイ〉って苗字から、面白がって音名を使った名前をつけたのよ。
 小さい頃は、〈仁保子のテーマ〉とか〈五音階のレミ子〉とか喜んでたんだけど。
 だんだん恥ずかしくなって、口にしないようにしてたら、周りも言わなくなったもんだから、安心してたんだけどね」
苦笑いになった。
「仁保子のテーマ!気がつかなかったー。名前が音階だなんて、素敵じゃない」

多佳子は目を輝かせた。
季依も、ドソラレミーと口ずさんでみて、
「やだ、ちゃんとメロディーっぽい。仁保子、すごーい」
「ごめんなさい、鳩居さん。気にしてるなんて思わないで、レミ子さんなんて言ってしまって」
柚姫はまた、ぺこんと頭を下げた。
何だか、謝るのが癖になっているようだ。


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