≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

31 助言

「はい、静かにしてます。だからお気になさらないで、続けてください」
「えーと、今の演奏で気づいたとこは?」
多佳子は、言われたとおり柚姫を気にしないようにして、いつもどおり問うた。
「歌入って四小節目の三拍四拍のコード変わり、やっぱり多佳ちゃんが遅れる」
「うっ、やっぱり?」

文乃の容赦ない指摘に、多佳子は引く。
毎度のことで、一拍ずつコードが変わる箇所で、多佳子の手は微妙に遅れるのだ。
「左手を気にしないで、右手でリズムをしっかり取ると良いと思いますよ」
柚姫が右手を立てて口元にあて、助言する。
「ヒメ!」
すかさず文乃が目を吊り上げる。

「あ、ごめんなさい、つい」
右手をそのまま口をふさぐ格好にした。
でも、多佳子は素直に実行してみた。
左手がコードをきれいに押さえるのを待たずに、右手のストローク優先で四小節目を弾いてみる。
指が弦を押さえ切れていないはずだけど、リズムが崩れるよりは随分マシだ。
何度か試すと、自信が出てきた。

右手のストロークを優先するように弾くと、左手も何とか付いてくるみたいだ。
多佳子も仁保子も、良くなったよとほめてくれた。
「じゃあ、もう一度やってみようよ」
季依が呼びかけて、改めて最初から合わせた。
今度は、多佳子の問題のポイントも、もたつかずに弾けた。

柚姫が、また立ち上がって拍手をする。
「ますます素敵です」
「ちょっとしたコツだったね。八重樫さんだっけ、ありがとう」
多佳子は、柚姫に向かって頭を下げた。
「どういたしまして。お役に立てたなら幸いです」
帰国子女のはずだけど、日本語は何の支障もなさそうだ。

「ヒメ、アドバイスはありがたいけど、できれば黙っててくれないか。
 ボクたちは、自分たちで何とかしていけるよ」
「あ、わかりました。差し出がましいことを言って、ごめんなさいね」
相変わらず冷たい文乃に、柚姫は悪びれもせずにっこり笑って椅子に座り直した。

その日の練習を終えて、機材の片付けにかかると、柚姫は当然のように譜面台をたたむ手伝いを始めた。
「あ、八重樫さん、良いよ良いよ。あたしたちでやるから」
「いいえ、好きで勝手にしていることですから、お気になさらず」
多佳子が恐縮して断ろうとしても、本人はお構いなしだ。
「ヒメ!いい加減にしろよ。ボクらのユニット、人手は足りてる。手伝いは要らないんだ」

「ああ、そうですよね。出すぎたことをしました」
文乃の怒った声に柚姫は、たたんだ譜面台をアンプの上に置いて、さっきまで座っていた席に戻った。
にこにこ顔は変わらず、むしろ、文乃にとやかく言われるのを嬉しがってる様子だ。
楽器を背負い、アンプを転がしていくと、柚姫はまたまた当然のように後ろに付いて来る。
楽しそうにスキップしている。

準備室の前で、文乃に「部室は部員限定」とすごまれても、
「じゃあ、ここで待ってるね」
と、引き戸の脇に立った。
限定なんか、してるはずないんだけど。


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