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  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

30 柚姫

スーパー編入生にも聞こえたようで、にこにこしながら右手を挙げた。
「こんにちは、皆さん。今ご紹介いただいた、文乃さんの昔からの友達、昨日藤組に編入した八重樫柚姫です。
 果物のユズにヒメって書いて、ユズキって読みます。
 文乃さんからお話を聞いて、練習の見学に参りました。よろしくお願いします」
「よ、よろしく」

季依は、つい、右手を肩のあたりまで上げて答えたけど、文乃は、
「紹介したわけじゃない」
と、やっぱり冷たいそぶり。
季依は、文乃を振り返って聞いた。
「文乃からの話って?」

「この前、突然電話をよこした挙句、家へ押しかけて来た。そのとき、少し話をしただけ。
 良いから気にしないで練習しよう。〈ほろほろ〉から行こうか」
「待って待って、何の話か…」
「季依」
文乃が季依をにらむ。
滅多に見ない、文乃の刺すような視線。

「何よう、そんな目を三角にすることないじゃない」
さすがの季依もひるんでいる。
「良いから」
ぷいと目をそらす文乃。
多佳子も仁保子も、二人のやり取りをはらはらと窺がっている。

「皆さん、お気になさらなくて結構ですよ。いつもどおりのご演奏をお聞かせくださいね」
ほわほわした笑顔のまま手を振る柚姫のセリフが、二人の緊迫を崩す。
人によっては慇懃無礼に聞こえそうな言葉遣いだけど、妙に本人の雰囲気に合っている。
でも、文乃の眉間に皺はますます深くなったようだ。

「トマちゃん、文乃はご機嫌斜めのようだから、気分変えよ。練習練習」
多佳子が小声で季依に話しかけると、やはり小声で
「わかったわよう」
と応じた。
「じゃ、〈ほろほろ〉アタマから。文乃、仁保子も良い?」

二人がうなずくのを見て、多佳子はギターの胴を四つ叩いて拍子を取った。
みんなだいぶ慣れてきて、概ね滑らかにエンディングまで達した。
柚姫が、立ち上がって拍手する。
「クール!素晴らしい演奏です」
茶化してるわけではなく、本当に嬉しそうだ。

「ヒメ、練習なんだから、いちいちそんな声、かけないでくれないかな」
文乃がつっけんどんににらむと、
「ごめんなさい。でも、とても素敵でした」
「良いから静かにしててくれ」
文乃の怒った顔は、だんだん困り顔になってきた。


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 柚姫のイメージ