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  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

29 噂のスーパーガール

その生徒の噂は、ゴールデンウィークが終わったころからあった。
アメリカの高校から編入して来るというのだ。
曰く、
「アメリカの高校って、六月が学年末で九月が新学期じゃん。
 うちの高校の帰国子女の受け入れは、普通九月なのに、向こうの終業の後すぐ来させてくれって、学校にねじ込んだんだって」

「六月から入れるように、この前、無理矢理編入試験をセットさせたんだってよ」
「九月から編入だというなら、うちの学校は受けないって、校長をキョーハクしたとか」
「いや、ものすごく優秀で、うちの校長が、他校にとられる前に、ぜひ欲しいって言ったって」
あの校長がそんなこと言うかな、と思うと、編入生の噂自体も疑わしくなってくる。

でも、少なくとも帰国子女の編入は本当だった。
噂のスーパーガールは、中間試験が終わった六月中旬にやって来て、一年藤組に籍を置いた。
六月編入は、やはり前代未聞なんだそうだ。
藤組には〈ミニム〉のメンバーはいないし、多佳子も特に気にしていなかった。
けれど、季依はどこからか情報を仕入れてきて、練習の合間の休憩に披露した。

「学校へ出て来る前、おとといの日曜日に、特別に、英数国三教科だけ中間試験の問題を解かせたんだって。
 そしたら、三教科ともほぼ満点だったって」
この高校は、二期制を取っていて、前期は九月まで。
期末試験は九月末だけど、六月初めから半ばにかけて中間試験があった。
彼女はちょうど、中間試験が終わった次の週にあたる昨日から登校して来たのだ。
その試験を、遅ればせながら受けたということらしい。

「いったい、どこから仕入れた話よ?
 あたしたちのテストは、まだ採点終わってないんじゃない?まだ返って来てないよね」
「彼女は特別だから、当然、先に採点したんでしょ」
「何かすごそうな人だねえ」

多佳子が素直に感想を述べると、季依が付け足す。
「アメリカの学校って、九月から学年が変わるから、日本に当てはめれば、やっと中三を終了したところよね」
「じゃあ、こっちの高一の四月から六月の分は、履修してないことになるんじゃないの?三教科満点てホント?」
多佳子の問いに、仁保子も、口を挟んだ。
「英語と数学はともかく、帰国子女が国語はどうなのかな」

文乃は黙ったまま、少々不機嫌そうにそっぽを向いている。
噂話は嫌いだろうか。
「さ、合同ライブまであと一ヶ月よ。練習しよ」
多佳子が促して、休憩は終わりになった。

チューニングのチェックをしていると、教室の前の方の入り口から、一人の見慣れない生徒が入ってきた。
「ハイ、文乃さん。聴かせてもらいに参りました」
「ご自由に」
その生徒は、文乃に笑顔で手を振って、親しげに声をかけたけど、文乃はそっけない。
他に何人か、椅子を後ろに向けて練習を見ている中に、彼女も適当な席を選んで腰を下ろした。

気づいた季依が目を丸くした。
「今噂してたスーパー編入生じゃないの!何?文乃、知り合い?」
「昔ね」
「昔?何?」
「昔…少しだけ小学校で一緒だった」


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