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  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

28 衣替え

多佳子たちの制服は、冬夏ともにセーラー服だ。
冬服は、濃紺のミディブラウスにひだスカートという、とてもスタンダードなしつらえ。
しかし、ネクタイと襟の三本線も濃紺なので、少し離れるとディテールはわからなくなってしまう。
遠目には、下手をすると喪服でも着てるみたいに真っ黒けに見える。
でも今日は衣替え。
多佳子は満面の笑みを浮かべて、ハンガーにかかった白い身頃の上衣を手に取った。

濃紺の三本線は冬服と同じだけど、微妙に緑がかった水色の襟とネクタイには、とても映える。
この明るくさわやかな感じのする夏服を、多佳子は気に入っていた。
やっとこれを着ることができる。
心の中で、冬服との落差は何なんだ!と罵りつつ、うきうきと袖を通した。
入学に備え、冬服と一緒に三月中に仕立ててあったけど、これまで箪笥の中で、防虫剤の香りに漬け込まれていたのだ。

少しでも臭いが取れるようにと、一昨日のうちに箪笥から出して、部屋の真ん中に吊るしておいたら、逆に部屋が防虫剤臭い。
しかも、制服自体の臭いは、あまり取れたような気がしない。
しかたないとはいえ、少しかっこ悪いかも。
大抵のクラスメイトは、ここ一ヶ月の間に仕立てたようで、入学前から準備した多佳子は少数派みたいだ。
だけど、白い制服を横目にしながら、いつかこれが着られると思っていたから、濃紺一色の冬服に耐えられたのだ。

なんていうと、少し大げさだけど、ずっと楽しみにしていた日が、ついに訪れた。
学年末の終業式や卒業式が(入学式もだった!)冬服でなければならないことは、とりあえず忘れよう。
多佳子は、着終わった夏の装いで、姿見の前に立ってくるりと一回転した。
鏡の中の夏スカートの裾が、ふわりと丸く広がる。
そういえば、衣替えを報じるテレビや新聞では、ほとんどがセーラー服の女子生徒の登校姿を使うんだそうな。
それも、今どきブレザーの制服が増えてきているのに、記事には必ずと言って良いほどセーラー服。
きっと、何十年も前からなので、セーラー服自体が風物詩になってるんだろうな。

階下へ降りて、ダイニングキッチンに行くと、父が朝食の準備をしていた。
いつものことながら、妹も手伝いをしている。
「お、今日から衣替えか。珍しく先に着替えたな」
「珍しくって、何よ」
多佳子はふくれて見せたものの、確かに普段は、パジャマのままで朝食をとることが多い。
お行儀が悪いのはわかっているけど、面倒くさいし、冬服はぼってり重くて、食事の邪魔になる気がする。
夏服なら、ちゃんと着替えて食卓に着けそう…かな?

「お姉ちゃん、ハハ起こしてきて」
お皿を並べながら、妹が顎をしゃくってよこした。
「何よ偉そうに」
と言いつつ、彼女の方が早起きなので、分が悪い。
二階へ戻って主寝室をノックする。

「ハハー、起きる時間ですよー」
「ふぁーー」
一応返事はあるから、これならそのうち起きてくるだろう。
朝が極端に弱いハハは、起きられないときには、返事すらない。
どうやら高校生のころから、朝食抜きで睡眠をむさぼることが常態化していたらしい。
ハハ本人は良いとして、娘たちには食べさせないわけにはといけないと、多佳子が物心ついたころから、朝食は父が作っている。

いつか「そんなにハハを甘やかして良いの?」と父を問い詰めたら、「ハハを甘やかすために結婚したのさ」だと。
あーあ、ごちそうさま。
トースト、ベーコンエッグ、野菜スープを平らげて立ち上がったら、妹が目ざとく
「お姉ちゃん、ストッキング伝線してる」
「ええー?」
「ほら、左の後ろ」
「あーーほんとだ。やっだーー」
いつもより早めのつもりだったのに、履き替えていたら結局同じくらいの時間になってしまった。
あーあ。


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