≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

25 ミニム

「〈ソニックガールズ〉は、スニーカーのブランドにあったような気がするけど、良いかも。
 〈ソニックレディ〉は確か、JR九州の〈特急ソニック〉で車内販売するお姉さんじゃなかったかな」
「文乃ってば、何よその雑学ぶりは」
「常識常識」
文乃は季依をさらりとかわして続けた。
「ソニックって、〈音速〉って意味だよね。〈音速少女隊〉とか?」

「筋肉少女隊みたいで変」
仁保子が突っ込むけど、多佳子には何のことかわからない。
「え?何それ?」
「昔の、モーむす。みたいなグループよ。でも〈音速〉は感じ良いかも。〈音速娘。〉とか〈音速乙女〉とか」
「誰がオトメー?」
多佳子も突っ込み返すけど、仁保子は〈音速〉が気に入ったようで、組み合わせを変えてみている。

「〈音速娘団〉?〈音速乙女組〉?〈音速少女連盟〉?」
「でも、今練習してる歌が結構リリカルだから、〈音速〉は似合わないかも」
多佳子が眉を寄せると、他の三人も、なるほどとうなずいた。
「それじゃ〈音速〉はやめて、音楽用語だったら?英語で、二分音符〈ミニム〉、四分音符〈クロチェット〉あたりは?」
文乃の新機軸に、季依が聞き返す。
「二分音符とか四分音符とかって、〈ハーフノート〉〈クウォーターノート〉じゃなかったっけ」

「それはアメリカ風。イギリス英語では〈ミニム〉ひとまわり小さいの、とか、〈クロチェット〉小さい鉤型、とか呼ぶんだって。フランスやイタリアじゃ、もっと端的に〈白〉とか〈黒〉とかいうみたい」
「へー。音符を鉤型って言うのは、日本でお玉杓子って言うのと似てるね。
 〈ミニム〉は〈MINIM〉で良いのかな。上から読んでも下から読んでも、だね」
多佳子は、これだけアルファベットもメモしてみた。

「〈ミニム〉って、語感は良いけど、なぜあたしたち四人が〈二分音符〉なのかって、意味がつながらないような気がするんだけど」
仁保子が疑問を投げかけたので、多佳子は首を傾げながら文乃に訊ねた。
「二分音符は〈白〉っていうのね?」
「フランス語で〈ブランシェ〉、イタリア語で〈ビアンカ〉。どっちも〈白〉って意味だよ。二分音符は白抜きだからね」

「〈二分音符〉じゃなくて、〈白音符〉って考えることにしたら?
 あたしたち〈ミニム〉はちっちゃいけど、まだ何にも染まっていない〈白音符〉、これから大きくなって、いろんな色に育っていく」
「わあ、多佳ちゃんさすが。カッコ良い」
「見事につなげたね」
季依も仁保子も感心している。

「上手にこじつけるもんだね」
言葉は悪いけど、これでも文乃は称賛しているのだろう。
「〈白音符〉って書いて〈ミニム〉って読ませるとか」
季依が調子に乗って提案すると、仁保子は、
「ちょっと行き過ぎじゃない?解説なしでは意味不明よ」

「ちぇ、カッコ良いと思ったのになー」
「でも、ずばり〈白音符〉でも良いかもね。何となくまとまりそう?」
「〈白音符〉か〈ミニム〉あたりを最有力候補にして、連休明けまで、もう一度それぞれで考えてみようよ」
多佳子は、そろそろ夕焼け色があせてきた窓の外を見ながら言った。

連休中は、文乃と仁保子が家族で予定があるというし、先輩たちも休むそうなので、合奏練習はしないことにした。
多佳子にとっては、みんなの足手まといにならないよう、とにかく個人練習にいそしむ貴重な時間だ。
部屋にこもって、父が買ってくれたギターを黙々と弾き込む多佳子を、妹が呆れた様子で見ていた。
ゴールデンウィークが終わった次の日の朝会で、ユニット名はあっさり〈ミニム〉に決まった。
部長に報告して、多佳子たち四人は、改めて〈ミニム〉としてスタートを切ることになった。


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