≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

21 朝会

多佳子、季依、文乃は、初めて学校に楽器を持ってきたとき以来、朝、少し早めに部室に集まるのが習慣になっている。
仁保子もそれを聞いて、その「朝会(あさかい)」に加わるようになった。
ある朝、四人そろったところで、多佳子は思い切って発言した。
「七月に向けて、もう一曲考えないといけないね」
季依が遠慮がちに手を挙げた。

「実は、同じ漫画家の作品で、別なのもあるんだ」
「へえ、どんな?」
「〈雨の降る日はそばにいて〉っていうの。聴いてくれる?」
季依は楽譜を取り出し、多佳子に貸しているアコースティックギターを構えて、歌いだした。
スリーフィンガーの伴奏で〈雨の降る日は灰色だから…〉と始まる。

一番が終わったところで手を止めた。
「〈電話をしようとダイヤル回し〉って歌詞、時代を感じるね」
最初の感想は仁保子だ。
「でも、今だってフリーダイヤルとか言うじゃない」
多佳子がフォローしたのに、
「それって、古い言い回しが残ってる例だね。〈筆箱〉とか〈下駄箱〉と同じ類いかも」

文乃が口にすると、冷評に聞こえる。
「えー? 古臭くてダメってこと?」
季依は、眉を八の字に下げて情けない表情になる。
「ううん、良いよ。良い曲だと思う」
笑顔を見せる文乃には、悪気はないようだ。

「見せて」
仁保子は楽譜を手に取った。
しばらくふんふんと顎を小さく振っていたけど、いきなり立ち上がると、音楽室への仕切り戸を開けた。
多佳子たちが驚いて後に続くと、仁保子はピアノの蓋を開けて楽譜を立て、勢い良く鍵盤を叩き始めた。
たった今聴いたメロディーの、バリエーションになっている。

「これ、イントロにするのね?」
多佳子が聴きほれて言うと、
「うん。イメージがどんどん湧いてきちゃう。これはピアノじゃなくちゃダメだね」
「もしかして、この曲で良い?」
季依が嬉しそうに両手を合わせた。

「決まってるじゃない」
仁保子はツンと顎を上げた。
「気に入ったから、編曲のイメージが湧くのよ」
「ところでトマちゃん。もしかして、やっぱり一番の歌詞しかないの?」
「うん、作中ではここまで」
季依は、上目遣いで多佳子を見る。

「あー、わかったわよ。続きを考えるのね」
自分で前例作っちゃったもんなあ。
「多佳ちゃん、才能あるものー」
「おだてても何もでないよー」
その気で準備してあったらしく、季依は、多佳子に〈雨の降る日はそばにいて〉というタイトルのコミクスと楽譜を、文乃と仁保子にも楽譜のコピーを手渡した。


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