≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

20 鴛鴦の契り

「〈琅かん堂〉って何のことかな」
季依のつぶやきに反応したのは文乃だ。
「〈琅かん〉は、最上級のヒスイだよ。昔の中国で、最高の宝石と言われてたんだ。
 王偏に良いでロウ、王偏に干すでカン。現代ならダイヤモンドみたいな位置づけかな」
「へええ」

「〈ヒスイ〉は本来、鳥のカワセミのことで、その羽根のように美しい宝石、っていうことでそう呼ばれるようになったんだって。
 〈ヒスイ〉を辞典で引くと、一番の意味にカワセミって載ってるはずだよ」
「ヒスイねえ。どんな字、書くんだっけ」

多佳子はいつもの自問のつもりだったけど、文乃は空中に指で漢字を書いてみせて、
「非常口の非の下に羽、で〈翡(ヒ)〉、羽の下に卒業の卒、で〈翠(スイ)〉だよ。
 〈翡〉はオス、〈翠〉はメス。
 動物をこんな風に雌雄並べて表すのは、他にもエンオウとかキリンとかとかホウオウとか…」
「へえええ」

エンオウは書けるぞ、〈鴛鴦〉だ。
多佳子は心の中で漢字をなぞった。
ホウオウは確か〈鳳凰〉、キリンは〈麒麟〉で良いんだっけ?
「あ、麒、麟がオス、メスなのはわかる。十二国記に出てきた」

季依がマニアックな方向に振るので、多佳子はもう少し学生らしく応じるつもりで、
「鴛鴦って、〈鴛鴦の契り〉のオシドリだね」
と古典の話に持って行くと、文乃は更にディープに切り返した。
「うん。四世紀ころの〈搜神記〉が出典といわれているんだけど、この本は色んな怪異話が載ってて、後の時代の物語に…」

「待った待った、一体どこへ転がって行くの?」
季依がさえぎると、文乃はきょとんとした顔で、眼鏡をずり上げた。
「何でそんなことまで知ってるの?」
仁保子も半ばあきれ顔だ。

「や、何でって言われても…」
文乃は頭をかいて、にっこりと付け加えた。
「十二国記、良いよね」
多佳子はほっとした。
やっぱりそっち方面が、無理がなくて良いかも。

「そういえば、翡翠や麒麟はオス、メスの順なのに、雌雄ってメス、オスなのはなぜなんだろ」
また妙な方向へ行きかけた文乃を、ユニット名はそれぞれが考えてこようという話に引き戻して、帰り支度をする。
「今日は突然ごめんね。ありがとう」
謝る仁保子に、多佳子たちは「とんでもない」「よろしくね」を連発して、帰途についた。
〈ほろほろ…〉の漫画が収録されたコミクスは、今度は仁保子が楽譜のコピーと一緒に持って帰ることになった。


 ■back