≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

19 リードボーカル

「ベース弾きながらも無理」
文乃も即答する。
季依の目が多佳子を向いて止まった。
われ知らず身を引いてしまう。
「もちろん、あたしの考えでも、歌うのは多佳ちゃんよ。
 ただし、ハモるのはあたし。多佳ちゃんがリードボーカル」

「え?ええー?」
これまでは、作曲した季依が歌っていたのだ。
「家でも毎日ギターの練習、努力してるのは認める。でもね」
多佳子を覗き込むようにして
「まだコードストロークしかできないんだと、ボーカルくらいやってもらわないと。
 ギターが二人の場合は、普通、サイドギターがリードボーカルを取るものよ」

「そんなー」
「というのはタテマエで、あたしより、多佳ちゃんの声の方がきれいで聴きやすいと思うんだ」
「そんな持ち上げ方されても…」
「どっちがリードでもかまわないけど、サイドギターがコード弾いてるだけって、もしかしてちょっとかっこ悪いかもよ」
仁保子が、季依の味方に付いた。

「確かに」
文乃も賛同して、多佳子は四面楚歌(いや三面楚歌か)、逃げ場を失った。
「歌、自信がないから、音楽部を遠慮したのにー」
「ギターなら自信あるわけ?」
「トマちゃんの意地悪ー」

「入部」「ギター担当」に続いて、なし崩し的に多佳子がリードボーカルになってしまった。
このごろはストロークだけでなく、アルペジオやスリーフィンガーも練習してるのに、と反論したいところだけど、サイドギターと言ってしまえば同じことだ。
でも、実際に多佳子のボーカルに季依の声が4度下で重なると、思った以上に歌に幅が出たような感触。
狙い通りとみえて、季依も満足そうだ。

「そういえば、バンド名ってないの?」
練習を終え、機材を片付けながら、仁保子が訊いた。
「そういえば保留のままね」
季依がとぼけたので、多佳子は、
「保留するってこと自体、話し合ってないじゃないの」
と突っ込んでおく。

「決まってないのかー」
「先輩たちは〈バンド〉じゃなくて〈ユニット〉って呼ぶみたい。
 ええと、三年生は〈クレマチス〉と〈琅かん堂〉、二年生は〈魔神天使〉っていうユニットなの。
 あたしたちもカッコ良い名前、ないかな」

逆に多佳子が問うと、仁保子は小首をかしげて、
「〈クレマチス〉って花の名前だよね。うちの学校、クラス名が花の名前だから、それらしくて良いかもね」
「葵組とか茜組とかね。葵組で練習してるから〈葵〉なーんて。黄門様がやって来そう」
季依が言って、みんなで大笑いになった。


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