≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

18 仁保子

三人のユニットとして練習を始めて、一週間ほど。
〈ほろほろ…〉の歌詞に登場させたエニシダはまだ咲かないけど、校庭の端のヤマブキが開き始めた。
このごろ、練習を毎日見に来る生徒がいる。
多分、隣の茜組の人だと思う。

その日、ためらいがちに声をかけてきた。
「まだ入部できるかしら。あたし、鳩居仁保子。キイボード、できると思う」
三人、顔を見合わせて、
「もちろん」
大歓迎だ。

「この前から練習してるのは、オリジナル?」
「うん」
古い漫画に登場する歌に、曲をつけたのだと説明する。
「ちょっと演奏に加わって良い?」
「良いけど、キイボード?楽器あるの?」
「曲を聴いてて、もっと良さそうなのを思いついたの。待っててくれる?」

仁保子は、駆け足で教室を出て行き、やがて、ガラガラとキャスターを鳴らして楽器を運んできた。
「準備室の鉄琴!」
「鉄琴は鉄琴でも、ビブラフォンでーす」
アンプの電源を取っているのと反対側にあるコンセントにプラグを差込む。
「あたし、適当に入るから、普通に演奏してみて」
マレットを構えてみせる。

演奏を始めると、季依のエレキギターのイントロを、ビブラフォンが追いかけてきた。
ギターのフレーズに程良く絡み合う。
ボーカルの下では、控えめに主旋律を支える。
柔らかい金属音が、曲の透明感を増したようだ。
「鳩居さん、すごい。楽譜見ないでも、しっかり合ってる」
一回通して演奏した後、多佳子は素直に讃えた。

「うーん、割と良くあるコード進行だから、何回か聴いてるうちに覚えちゃった」
仁保子は照れ笑いを返した。
「キイボードって言ってたけど、ビブラフォンも弾くのね」
「いや、まともに弾くのは初めてなんだけど、今ここにキイボードないし、ビブラフォンの音が合いそうだったから」

「ええっ?」
「初めて?」
さすがに季依も文乃も驚きの声を上げた。
「えーと、鍵盤の配置はピアノと同じだしね」
「へええ」

だからといって、十本の指を使うキイボード奏者が、マレット二本のビブラフォンを、そんなにすぐ弾けるもの?
多佳子には信じられない。
「やっぱり、すごいよー」
何度か合わせてみて、意見を出し合う。
細かいところを修正すると、より聴かせられる仕上がりになった気がしてきた。

「さて」 もったいぶった調子で、季依が他の三人を見回す。
「できればこの歌に、ハモリを加えたいと思うの」
「あ、良いんじゃない?でも、あたし、弾きながらじゃ歌えないと思う」
仁保子は、すぐ白旗を揚げた。


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 仁保子のイメージ