≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

16 ボク

イントロなどのフレーズは何となく考えているという季依の構想に合わせて、イントロ、間奏、リフレインとエンディングの小節数とコード進行を決めた。
あとは、ベースラインは文乃が、イントロや間奏は季依が考えてくることになった。
多佳子は、
「とにかくコードストロークで伴奏できるように、練習してきてね」とのありがたい宿題をもらった。
元歌が載ったコミクスは、今度は文乃が借りた。

「小山石さん」
昇降口で、季依が文乃を振り返った。
「文乃って、呼んで良い?あたしは普通トマって呼ばれてる」
「良いよ。でもボクは、季依、多佳子って呼び捨てても良いかな」
「ボク?!」
多佳子は思わず文乃を見た。

いつもあまり表情を動かさない文乃の顔が、一瞬「しまった」という形に固まった。
唇をかんでうつむいていたけど、やがてぽつぽつと話し出した。
「小学校のころから、一人称は〈ボク〉だったんだ。
 高校ではまずいかなと思って、なるべく一人称を省いて話すようにしてたんだけど…」
悔しそうになった。
うっかり気が緩んだってことだろうか。

「気にすることないじゃん。変に心配してエネルギー使うの、もったいないよ」
「そうそう。ボクって言うの、小山石さんらしいってば、らしいかも」
「そうかな」
三人で顔を見合わせる。

誰からともなく、笑い出した。
トマちゃんも文乃も、笑顔がさわやかだ。
もしかして多佳子は、とても素敵な仲間を手に入れたかも知れない。
明日から「文乃」って呼ぼう。

大型のギターケースをぶら下げてバスに乗るのは、身がすくむ。
周りからヒンシュクを買っているに違いない。
ヒンシュクってどう書いたかな、と相変わらず関係ないことを考えながら、降りるまで、気にしないようにやり過ごす。
途中で降りて行ったトマちゃんが背負っているエレキギターは、小ぶりであまり邪魔にはならないけど、重い。
どっちもどっちだ。

家に帰ると、珍しく父が先に帰っていた。
「ギター買って来たぞ」
どうやら仕事を早引けして、楽器店に行ったらしい。
何て親バカなんだろ。
ほんとに泣けてしまう。

トマちゃんのギターに比べれば少し小さいけど、やっぱり大きめのモデルだ。
音孔の脇のプラスチックプレート(ピックガードっていうんだって)に、鳩のイラストが目立っている。
やっぱりギブソン社の製品のコピーらしい。
「弦はコンパウンドにしといたから」
何のことかと訊いたら、女の子の指でも押さえやすいように、一番柔らかい種類の弦にしたのだそうだ。
音量はあまり出ないけど、ギター本体の胴が大きめなので、その点は大丈夫、だとか。

チューニングメーターまで買ってあった。
「俺たちの頃は、音叉だったんだけどな」
あきれるくらいの親バカ。
いつも、「親バカは、親にしかできない特権だ」と公言してはばからない両親ではある。
そりゃそのとおりだけど。

ケータイのメールで季依に相談して、家では父のギター、学校では季依のギターを使わせてもらうことにした。
これで、明日季依のギターを持って登校すれば、後は毎日ギターを持って歩かなくて済む。
学校にいるうちに、父がギターを買ったことを連絡してくれれば、今日も置いて来れたのに、と思ってみたけど、それはゼイタクすぎると反省した。
えっと、ゼイタクってどんな字だっけ?


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