≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

11 一緒にお弁当

教室へ向かいながら、多佳子は落ち着こうと胸に手を当てて歩いた。
「あー、あせったなー」
「それにしても、多佳ちゃんにあんな特技があるなんて」
「特技なんてほどのもんじゃないよ。開いたのは偶然だし」

「偶然でも、開けようとトライするところが、すでに特技だよ」
「そんなー」
がっくり落ち込んだまま、多佳子の教室の前まで来ると、文乃がやはり楽器を背負って登校してきたところだった。
「あ、おはよう小山石さん。あたしたち、楽器を準備室に置いて来たよ」

季依が声をかけると、文乃は、
「おはよう。わかった」
相変わらず最低限の答えで音楽室の方へ向かう。
「じゃ、多佳ちゃんも、後でね」
季依も自分の教室へ去った。

多佳子は、不安なようなわくわくするような、急に身の周りがあわただしくなったような、不思議な気分で二人を見送った。
ギターのことに夢中で、四校時目の英語の課題を、すっかり忘れていた。
そういうときに限って、指名される。
多佳子は、答えられずに立たされたまま、命まで取られるわけじゃない、なんて開き直ってこの時間をやり過ごした。

「小山石さん、お弁当一緒に食べない?」
昼休み、これから仲間になるんだから、と思って文乃に手を振ると、彼女は小ぶりのランチバッグを持って、多佳子の席の方へやって来た。
「さっきの英語の時間、立たされっぱなしだったのに、もうけろっとしてる、ってあきれてるでしょ」
「けろりとしてるのはすごいと思うけど、あきれてはいないよ」

おにぎりを頬ばりながら多佳子が話しかけると、文乃はちゃんと受け答えしてくれる。
無口な感じを受けるけど、それほどとっつきにくいわけでもなさそうだ。
「ベース、ずっとやってるの?」
「弦バスは中一から」

「エレキベースも?」
「中二の春から」
いや、やっぱり訊かれたことしか答えないのかな。
「コントラバスが好きだったの?」
「幼稚園の頃からバイオリン弾いてたから、弾けるだろ、って南中に入ったときに」

「えーー?そんな理由で押し付けられたの?」
「低音楽器も好きだったから」
「でも、構え方が違えば、引き方も違うんでしょ?」
「それ以上に、調律が違うから、運指が違う」
「え?どゆこと?」

「四本の弦の調律は、バイオリンもビオラもチェロも五度間隔だけど、コントラバスだけ四度間隔だから、指のポジションが違う」
「へえええ。バイオリンは?今も弾いてるの?」
「一応」
「へええ、すごいね」

「別に」 文乃の頬が少し赤らんだ。
これは、照れているんだ。
文乃、かわゆすー!

「あたし、中学のときはクラ吹いてたんだ」
「知ってる」
「あ、昨日準備室で話してたの、聞いてた?」
「いや、去年の西中の文化祭でも、地区予選でも」

「へ?」
地区予選といえば、吹奏楽コンクールの予選のことだ。
西中は万年最下位グループの、参加することに意義を見出してる方。
いつも県大会まで進出して上位に食い込む南中とは、比べ物にならない。


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