≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

10 特技

次の日、多佳子は早起きして、早めのバスに乗った。
手には、スクールバッグのほかに、ギターのケースを下げている。
途中の停留所で、トマちゃんも乗ってきた。
ソフトケースに入れたエレキギターを背負っている。

「おはよう、多佳ちゃん。ほんとに早いバスに乗ったんだね」
「おはよう。トマちゃんこそ、律儀に付き合ってくれなくて良いのに」
「へへ、デカブツを預けちゃったからね、気になって」
「もしあたしがこのバスに乗って来なかったら、どうするのよ」

「あんまし考えてなかった」
「あきれた。メールくれれば良かったのに」
昨夜、家族にトマちゃん作曲の歌を披露する破目になったこと、父が新しいギターを買ってくれることを話すと、季依は満面に笑みを浮かべて喜んでくれた。

ギターは、教室に持ち込むには大荷物だ。
まだ早い時間なので、音楽準備室に置いといてもらおうと行ってみると、ダイヤル式の南京錠がかかっている。
音楽室にも、鍵で開ける南京錠が下がっていた。
「そりゃそうよね。ウソでもそれなりに値の張るモノが置いてあるんだもの」

準備室には、音楽の授業で使ういろいろな楽器があるし、音楽室にも、本隊のマンドリン、弦バスなどが納まっている。
音楽室と準備室の仕切りの引き戸には鍵がないから、どちらかの入口が開いていればどちらにも自由に入ることができる。
両方閉まってないと、不用心だ。

多佳子は、ダイヤル錠を手に取って確かめてみた。
〇から九までのダイヤルが四桁。
組み合わせは〇〇〇〇から九九九九まで一万通りだけど、毎日掛け外ししているのだから、今見えている組み合わせから、そんなに遠くはないはずだ。
ちょっと引っ張り気味にして、掛け金がより大きく動く感じを探りながら、少しずつ回してみる。

五つ六つ試したところで、外れた。
やっぱり、ちょっとしかずらしてなかった。
「多佳ちゃん、スゴーーイ!」
そこへ、第二器楽班の部長、沼山さんがやって来た。
「おはよう。あれ?昨日、番号教えたっけ?」
多佳子は青くなった。

つい開けてしまったけど、一般的には褒められた行動ではない。
それなのに、季依ときたら、沼山さんに向かって興奮気味に訴えている。
「多佳ちゃんてば、すごいんです。このカギ、ちゃちゃちゃーっと開けちゃったんです」
自慢にならないよー、そんなの。
多佳子は赤くなったり青くなったり、何も言えずに立ちつくした。

「ははあ、妙な特技をもってるのね」
にっこり笑われて、多佳子はほっとした。
「す、すみません…ごめんなさい」
九十度頭を下げる。

「早速楽器を持ってきたのね。なるべく奥の方に置いといてね」
あたふたとケースを置いて、逃げるように準備室を出る。
「ほ、放課後、またよろしくお願いしますー」
「あ、待ってよ多佳ちゃん。あ、失礼します」
季依も、沼山さんにぴょこんと頭を下げてから、多佳子に続いた。


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