≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

07 ギター

多佳子の家の方が少し遠いので、バスを途中で降りることになる。
停留所から二、三分歩くと苫米地家だった。
アルミフェンスで囲まれた、薄い空色の総二階建て。
お庭はあまり広くないけど、赤と白の椿の花が彩りを添えている。

でも、日本の椿は日本原産で、中国で〈椿〉と書く植物は、別な木だと聞いたことがある。
失礼ながら、モダンな外観の家とは、ちょっとそぐわないかも。
考えてみると、中学三年間同じクラブだったのに、多佳子が季依の家を訪ねるのは初めてだ。
別々の小学校出身で、中学校の場所から見れば方向が違うこともあるけど、多佳子自身が、あまり社交的でないせいでもある。

友達の家に行くこと自体、小学校低学年以来かもしれない。
悠紀さんの家も近くなので、季依は時々話をする機会があって、第二器楽班のことを聞いていたらしい。
小学校から同じなものだから、悠紀さんには昔から〈キエちゃん〉と呼ばれていて、彼女に対してだけは、訂正するのをあきらめたそうだ。

季依のフォークギターは、多佳子が見知っているものより、一回り大きかった。
中学のとき、音楽の時間に手にしたクラシックギターよりも、ネックが細くて握りやすいのは確かだけど。
「ギブソンのスーパー・ジャンボ・フラット・トップっていうモデルなの。国産のコピーだけどね」
スーパー何とかも、ギブソンとかも、ちんぷんかんぷんだ。

「ギブソンはアメリカの有名メーカーで、クラリネットなら、例えばクランポンとかセルマーみたいなものね。
 日本のメーカーが色んなコピーモデルをたくさん作ってるの」
クランポン、セルマーならわかるけど…。
「こんなに大きいなんて…借りて帰ろうと思ってたけど、バスに持ち込むのにチュウチョしちゃう」
チュウチョってどんな漢字だったっけ、とまた関係ないことが気になった。

「大丈夫。今日はうちの母が車で送ってくれるよ」
「そんな。悪いよ」
「気にしない気にしない。うちの母親、フットワーク軽いから」
「でも、明日学校へ持って行くのにどうするのよ。あたし、朝の満員バスに、こんなの持ち込む勇気、ないよ」
「大丈夫。二本ばかり早いバスにすれば、すいてるよ」
「はーーー」

季依のエレキギターは、やっぱりギブソン社の、レスポールモデルとかいう機種のコピーらしい。
エレキといえば、何やらぐにゃぐにゃしたデザインを思い浮かべるんだけど、これは、普通のギターと変わらない形で、単純にサイズを縮めただけのデザインに見える。
真っ黒で、縁に白い線が入っているのが端整。

律儀な執事さんという感じでカッコイイ。
「セバスチャン、とか」
「え?」
「いや、何でもない何でもない」

チューニングのしかたを教わった後、ぴかぴかのレスポールを構えた季依の左手を手本に、多佳子もスーパージャンボ何とかの弦を押さえ、コードを弾いてみる。
「…で、C、F、G、Cって続けて弾くと、ーーね。何か曲らしく聞こえるでしょ。
 中学の音楽で〈三和音〉て習ったよね。T、W、Xの和音とか」

「は?トマちゃん、良くそんなこと覚えてるね」
「あんた、三クラで、和音の大事なとこを背負ってたんだから、体で、ってか耳で覚えてるでしょうよ」
「いや、確かに音が響き合った時は気持ち良かったけど…大概、自分のパートを楽譜で追っかけるだけで精一杯でした」
「情けないわねー」
すっかり先生気取りの季依に、多佳子は押されっぱなしだ。


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