≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

06 器楽部本隊

音楽室に通じる引き戸がからりと開いて、一人の上級生が顔を出した。
「そろそろこっちもデモ演奏するから、音、ストップしてくれる?」
「オーラーイ」
悠紀さんは手を伸ばして、足元の小さなアンプのスイッチを切った。
ストラップを外して、ケースにしまう前に、楽器をウェスで拭き始める。

引き戸のガラス越しに音楽室を見ると、階段教室の席にマンドリンを持った二、三年生が十五人近く陣取っていた。
奥側にはクラシックギターが五人くらい、右端には弦バスも二人いる。
文乃さん、あっちじゃなくて良いのかな。
手前側のピアノの周りには、十人以上の一年生が、マンドリン楽団に相対して立っていた。

その真ん中あたりに、さっき声をかけた上級生の姿が見える。
頭ひとつ高いのは、指揮台代わりの教壇に乗っているようだ。
本当なら階段席側を客席にした方が良いと思うけど、人数から行って、教壇側に奏者たちを並べるのは無理だ。
普段からこの形で練習しているのだろう。

彼女が指揮棒を振り上げた。
スローなポピュラーが、トレモロを効かせて、しっとりと紡ぎあげられる。
うん、マンドリンの合奏も悪くないかも。
もしバンドで歌を歌え、なんてことになったら、マンドリンに逃げようかな。
「たーかーちゃーん」
後ろから、ラーソーラーという音階で声をかけながら、季依の腕が多佳子の首にかかった。

「今、マンドリンも良いかも、なんて思ったでしょ?」
「ぐえ、な、何でわかるのよ?」
「顔に書いてあるよ。ほんっとわかりやすいんだから。
 それに、小山石さんはあっちじゃなくて良いのかな、とか」
「ぐえぐえ」

「ボ…私は去年の学園祭で第二器楽班の先輩たちの演奏を聴いて、もしこの高校に受かったら、あんなステージ、やってみたいって思っていたんです」
と文乃。
実は多佳子、この高校の学園祭に来たことがなかった。
吹奏楽部がないからだ。

高校の学園祭といえば、いつも吹奏楽のステージを目当てにしていたのだ。
「光栄だわ。一緒にやろうね」
楽器をケースに片付けながら、悠紀さんが笑顔を見せた。
今度は文乃の口許もほぐれた。
文乃の笑顔、ますます美人さんだわーと、多佳子は季依の腕に抵抗しながら見とれた。

〈第二器楽班〉に対して、マンドリンの合奏団を、〈第一班〉ではなく〈本隊〉と呼んでいるそうだ。
いや、漢字は〈本体〉なのかもしれないけれど、どちらなのかは訊きそびれた。
そういえば、ここの器楽部ができた〈タイミング〉って何だったんだろうな。
〈本隊〉の演奏を聴いているうちに、部長さんたち二年生が戻ってきて、自己紹介しあった。

部長さんは、〈二年蘭組、沼山美由紀〉と名乗った。
〈班長〉ではなく〈部長〉と呼ばれているのが、何だかちぐはぐな気がするけど、誰も気にしてないようだ。
多佳子もつい、「よろしくお願いします」なんて、口にしてしまった。
もう簡単に後戻りはできない。
文乃にも、改めて「同じクラスだし、よろしくね」と言うことができた。

「良かったら明日からでも、楽器を持って来てみてね」
という部長さんの言葉にうなずきながら、音楽準備室をあとにする。
文乃とは、帰る方向が違うので、校門の前で別れた。
多佳子と季依は、中学が同じだったから、帰る方向もおおむね同じだ。
早速ギターを見せるから、季依の家に寄るようにと、またまた押し切られた。


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