≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

05 ユニット

「第二器楽班は、伝統的に、学年ごとにユニットを組んでるの。
 今年の三年生は、私たち三人が一ユニット、あと四人のユニットがもうひとつ。
 二年生は五人で1ユニット。今のところ三ユニットあるの。
 私たちのユニットは〈クレマチス〉っていうのよ」
悠紀さんの説明を、奥の一人が継いだ。

「あなたたちも、とりあえず三人で一ユニットの可能性大ね。仲良くしてね」
「はい」
文乃の返事は短い。
「あたし、苫米地季依、ギター。こっちは吉田多佳子、やっぱりギターやることになると思う。
 パートで揉めることはなさそうだね。よろしくね」
季依はニコニコと文乃に話しかけた。

「よろしく」
口元はほころんでいると言い難いけれど、目元が優しくなった。
文乃さんって、クールビューティーって感じ。
いやちょっと待て、誰が入部に同意した?
誰がギターやることになると思うって?
多佳子は、季依に抗議しようと口を開いた。

「トマちゃん、ちょっと待っ…」
「じゃ、多佳ちゃんの名前も書いとくからね」
季依は、多佳子にかまわず、文乃が置いたボールペンを取り上げて、入部希望者表に書き込み始めた。
先に多佳子の名前を書いている。
「あーーー」

「小山石さん、あたしも、名前のトキエを良くキエって読まれるんだ。やんなるよね」
季依は用紙の方を見たまま、文乃に話しかけ、自分も〈ときえ〉と振り仮名を振った。
「じゃあ、部長たち二年生が戻ってくるまで、もう一曲ご披露しましょうか」
「やたっ」
季依のガッツポーズに気を良くした様子で、悠紀さんたちは、またハーモニーを披露してくれた。
歌を聴きながら、多佳子は、いつもこんな風に乗せられるんだよなあ、とため息をついた。

入るなら音楽関係のクラブが良いな、とは思ってた。
でも、歌は自信がない。
合唱よりは、ギター、やってみるのも悪くないかも。
曲が終わったところで、多佳子は、ふと思いついて悠紀さんに尋ねた。
「ところで小田桐さん。小田桐さんも、小山石さんも、あたしたちも、中学では吹奏楽部だったんですよね。
 経験者はたくさんいると思うのに、この高校には、なぜ吹奏楽部がないんですか?」

「うーーん、大抵の高校の吹奏楽部は、野球の応援から始まってるってのは、あるんじゃないかな。
 うちは伝統ある女子高で、つまり野球部がないから。
 女子高でも吹奏楽部があるところはあるから、それがすべてじゃないだろうけど。それにタイミングかな」
「タイミング?」

「クラやフルートやペットだけだったら、一台数万円で済むけど、ホルンだのチューバだのっていうと一台何十万円単位になって、一編成分揃えると何百万円にもなっちゃうでしょ。
 何か、記念行事に必要だとか、タイミングというか、きっかけがなければ、そんな大金、学校が一度に出すのは無理よね。
 他の高校じゃ、野球部の甲子園出場を機に吹奏楽部を編成したって話を良く聞くし、そんな類よね。
 生徒が〈やりたいでーす〉なんていうだけでは、作れないわ」

「へえ…確かに、そうかもしれませんね」
じゃあ、中学の吹奏楽部はどんなタイミングでできたんだろ?
ここの器楽部〈本隊〉ができたきっかけは?
疑問は膨らむけど、きりがなさそうなので黙っていた。
「その点、第二器楽班は、自分たちで楽器を持ち寄って、やりたいでーすって言って作っちゃったらしいから。
 吹奏楽に比べたら楽なもんよね」

「そんなもんですか」
「そんなもんよ。
 まだできて十年くらいだもの、第二器楽班の伝統は、あなたたちを含めて、あたしたちが作っていくことになるのよ」
おっと、そう来たか。
責任重大ってこと?


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