≪器楽部第二器楽班≫  ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

04 文乃

テーブルを囲んで、フォークギター二人とベース一人、イントロなしで三人とも歌い出す。
三拍子の不思議な旋律と、包み込むようなハーモニーが、部屋を満たした。
三人の声が織り成す和音は、多佳子が聞いたことのない神秘的な響きを持っている。
ギターの弦の最後の音が消えるまで、多佳子は呆然としていた。

「こんなことが、できるんですね」
拍手しながら、多佳子はやっと口を開いた。
たった三人が作り出した音楽とは思えなかった。
「ね、良いでしょ良いでしょ」
季依が脇から腕を引っ張る。

「入部、希望します」
後ろから声がかかって、多佳子はびっくりした。
「一年菫組、小山石です」
悠紀さんに似た雰囲気のストレートヘアの美少女が立っていた。
同じように、銀縁の眼鏡をかけている。

「南中で弦バス弾いてました。ベース、弾きたいと思ってます」
多佳子と同じクラスの生徒だ。
でも、この人は前から見知っている。
南中吹奏楽部は大編成で、多佳子たちの西中と違ってオーボエやファゴットもあった。
弦バスは二台。

定期演奏会で、馬の尻尾のようにまとめた長い髪を振り振り、自分の体より大きな弦バスを力奏する彼女は、一年生のときから目立っていた。
確か去年、三年生の時には、ポピュラー曲の場面でエレキギターを構えていた。
今思えば、あれはエレキベースだったのだろう。
多佳子は、自分の無知さ加減に一人で赤くなる。

「すばらしい歌でした。先輩たちのようになれるかわかりませんが、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
今はまとめていない黒髪が、さらりと前へ垂れた。
奥の三年生が、テーブルの上に入部希望者名簿を広げて手招きする。
「ここに、組と名前を書いといてくれる?
 部長たちは今、どっかでビラ配りしてるのよ」

「はい」
多佳子と季依の横をするりと抜けて、置いてあったボールペンを手に取る。
「一年菫組 小山石文乃」と書いた後、特に欄があるわけでもないのに、名前の上に〈あやの〉と仮名を振った。
「フミノさんじゃなくてアヤノさんね」
悠紀さんがニッと笑った。

「はい」
彼女も季依みたいに、良く名前を間違えて読まれるのだろうか。
多佳子は、文乃がちょっと身近に感じた。
「さあ、これで新入部員が三人になったわね」

悠紀さんは、嬉しそうに多佳子たちの方を向いた。
「え、えーーー?」
ちょい待って。
なし崩しにされてる。


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 文乃のイメージ