≪レディ・ツインクル!≫   ■back 
   □何行か毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

01

 ひどい気分で目が覚めた。慣性飛行をしているはずだが、機体中が軋んでいるのがわかる。伏していたコンソールから身を起こすと、自分の体も軋む。思わず悲鳴を上げて、自分がまだ声を出せるのに気づく。目が回る。とにかく逃げ出すのに精一杯で、慣性中和システムの限界をはるかに越える加速も止むを得なかったのだ。旅客宇宙船の緊急脱出用シャトルの射出装置にしては、たいした加速能力だ。

 しかし、その体の犠牲も役に立たなかったようだ。警報とともに、コンソールの一段上に配置されたセンサーディスプレイに、一つ、二つ、─―─合計五機、間違いなく追手だ。気を失っていたのはさほどの時間ではないと思うが、不覚を取った。このセンサー、本当なら助けに来た救難船を映し出す、ありがたいもんだろうに。

 などと考えている余裕はない。彼女───ジェイナス・ツインクルは、がくがくする体に鞭うって、機体の損傷の具合と現在位置を確認にかかった。シャトルは十五人乗りで、彼女の占領した最前席がコクピットになっている。そのままの位置ですべてを制御できるのはいいが、適当にひっつかんできた船外服が大きすぎて楽な姿勢をとれない。おまけに、ヘルメットの内側に取付けられたマイクを、彼女の顎が潰してしまっていて、コンピュータが音声入力を受け付けてくれない。衝撃が大きくて、ヘルメット内の緩衝材が頭を固定しきれなかったのだ。

 しかたがないので、重い腕でキイボードを叩く。いや、無重量状態で重いという表現が当たっているかは疑問だ。それどころか、キイを叩くと反動で腕全体が跳ね、それを抑えつける反力は、シートベルトに頼り、結局、全身を使うことになって、疲れる一方だ。マイクをノックアウトした顎も、じくじく痛む。まとめる暇のなかった長い金髪が、汗で額に張り付く。

 ディスプレイに機体各部の状況が表れた。限界を超えた加速度による応力が、機体構造そのものの歪みを、ほぼ限界まで追い込んでいる。駆動系は何とか生きているようだが、これ以上無理はさせたくない。とりあえず逃げ込むとしたら、一番近い恒星系は?

 突然、機体が激しく揺れる。射程距離ぎりぎりだというのに、発砲して来やがった。レーザー砲だから、これだけの距離があれば拡散してしまって、大した威力はないが、それも時間の問題だ。背に腹は変えられない、まずはヴァーニアを噴かして軌道をずらす。機体が悲鳴を上げた。ディスプレイがやっと答えを返す。遅いよ、このタコ!ここから一番近いのは、プーマック恒星系。リゾート地として有名な惑星アーゴを擁する恒星系だ。


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