≪器楽部第二器楽班≫ ← ■back 
  □数行毎の空白行は、読みやすさのためで、他意はありません。

01 多佳子と季依

放課後の廊下は、入部勧誘の先輩たちと、その間を縫って歩く一年生であふれていた。
四月も中旬、今週と来週が、新入部員勧誘活動の期間だ。
多佳子は迷いながら、その人波をかいくぐって行く。
中学の吹奏楽部のときのような「面白そう」って思えるクラブは、あるんだろうか。

将来を考えたつもりで受験した、県下第二の進学校といわれる女子高。
(県下第一の高校は共学だけど、多佳子には少々ハードルが高かった。)
合格したのは嬉しかったし、少々鼻も高い。
母も祖母も泣いて喜んでくれた。

でも、この高校には吹奏楽部がない。
最初からわかってはいたけど、再びクラリネットを手にすることはないだろうと思うと、やっぱり寂しい。
春の日はまだ短くて、窓外の空はそろそろ夕方の雰囲気を醸している。
校庭の桜のつぼみは、まだふくらみ始めたばかりだ。
すでに授業は本格化していて、スクールバッグが重い。

入るなら、せめて音楽関係のクラブが良いな。
この高校で〈音楽部〉といえば、合唱部のことだそうだ。
でも、歌は自信がない。
運動はもっと苦手だ。
他に良さそうなクラブはあるだろうか。

運動部はみんな、派手なのぼりを押し立てている。
大声で勧誘しているけど、何だかバーゲンセールかタイムサービスみたいなノリだ。
文化系でも、同じように目立つのぼりを立てているのはボランティア部。
〈青春を有意義な活動にかけよう!〉〈君の若い力をみんなのために!〉なんて、熱い言葉がはためいている。
ついでに署名活動もやってるみたいで〈「遠位型ミオパチー」の難病指定及び特定疾患の認定を!〉と大書きした模造紙を壁に貼っている。
高校生ともなると、こうした活動も本格的な雰囲気だ。

それにしても、どうして吹奏楽部がないんだろう。
なんだか恨みがましく思えてしまう。
中学時代の自分自身は、〈その他大勢〉のようなもので、大して上手いわけじゃなかった。
けれども、合奏のとき、和音が綺麗にそろった瞬間の、あの感動は忘れられない。

同じ高校に、うちの中学からだけでも四人、経験者がいる。
中学の吹奏楽部の部長だった第一ホルンのトマちゃん、コルネットのシズカ、第二クラのユーミン、そして第三クラだった自分。
それに、新入生の名簿には、他の中学の吹奏楽部員だったはずの、見覚えある名前がいくつもある。
二、三年生も加えれば、経験者だけでも小編成の吹奏楽団くらい、すぐできるだろうに。

とりあえず音楽部を覗いてみようかと探し歩いていると、後ろから背を叩かれた。
「多佳ちゃん、クラブ決めた?」
元部長のトマちゃんこと、苫米地季依。
名前は〈トキエ〉なんだけど、良く〈キエ〉と読まれて憤慨している。
クラスは別々ながら、今、この高校では一番親しい友人だろう。

「うーん、まだだけど。これから音楽部行ってみようかなって」
「ねえ、器楽部見に行ってみない?」
「器楽部?」
そういえば、マンドリンとクラシックギターで構成された〈器楽部〉があると聞いたような気がする。
でも、管楽器はお呼びがなさそうだ。

そう聞いても季依は、
「良いから良いから。騙されたと思ってついといで」
と、多佳子の背を押し始めた。
「押されて行くんだと、〈ついて〉行くことにならないよ」と笑っているうちに、
「ここだよ」もう到着したようだ。


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 多佳子のイメージ  季依のイメージ